第百二十七章 マーカス 6.マーカス中西部の領主館
「テオドラムの流民を保護したと……?」
マーカス王国中西部の地方領主は部下の言葉に困惑した。仮想敵国であるテオドラムの民が自国マーカスに流れてくるのは確かに珍しいが、対処できないほど多数の難民ならともかく、ただ一人の流民の事を、なぜ態々領主たる自分に報告するのか。
「グレゴーラムの住人であったようです。最初のうちは我が国に含むところがあった様子で反抗的でしたが、それなら本国へ送り返すと言ってやると、慌てたように事情を話しました」
部下の説明を聞く限りでは、何か後ろ暗い事があってテオドラムを出奔したように思えるが……それならますます自分の聞く必要の無い話ではないか。
「いえ、犯罪者の類ではありません。どちらかと言えば被害者でしょうか」
「持って回った言い方は止めよ。その者が一体どうしたというのだ」
は、と一礼した部下は、とっておきのネタを開陳する。
「その者が言うには、グレゴーラムの部隊がイラストリアの国境付近で何やらしでかしたらしく、モンスターの群れがグレゴーラムを襲ったか、襲う危険があるかだそうです」
部下が放って寄越した爆弾に寸刻硬直していた領主であったが、やがて何とか立ち直ると、自分自身で件の難民を訊問する事にした。
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「……結局、全てが噂話に過ぎんか……」
「ですが、その噂話がグレゴーラムに広まっている事と、数名が逃げ出すほどの信憑性を持って信じられている事は事実と言えます」
「うむ、確かにそれだけでも重要な情報に違いない。それだけに、こう、画竜点睛を欠くのがどうにも惜しくてな……」
もう少し実体のある情報が欲しいと嘆く領主に、腹心の男が打ち明ける。
「実は……勝手ながらグレゴーラムに面する地域に聞き込みの者を放っております。ですがあの辺りは住んでいる者も少なく、果たしていかほどの情報が集まるか……」
早手回しの部下の対応を褒めた領主であったが、情報の入手が難しいという見解にも同意せざるを得なかった。隣国の軍辞拠点グレゴーラムに隣接するような場所など、危なっかしくて住めたものではない。人気が無いのも当然であった。
処置無しかと思いかけた領主であったが、モンスターという単語から連想したアイデアがふっと浮かぶ。
「冒険者ギルドには問い合わせたか?」
「は? ……いえ、やっておりませんが……そうか!」
「うむ。モンスターと言えば冒険者であろう。彼らならあるいは、件のモンスターの動向についても何か掴んでおるかもしれん。急ぎ問い合わせてみよ」
腹心の音尾が慌てたように了承するのを見ながら、自分はこの件を国王府に連絡すると告げる。急報という形ではあるし、続報は継続調査待ちではあるが、この話は早いうちに届けた方が良いような気がする。
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「ふむ……冒険者ギルドの方は何も掴んでおらなんだか……」
「寧ろ、こちらからの問い合わせに驚いたようでした。あの様子では、グレゴーラムをモンスターが襲ったというのは事実ではないようです」
「とすると……問題はイラストリアとの国境か……」
「イラストリアの動きは?」
「それとなく探らせてはおるが、特に変わったところは無いようだな。国王府ならもう少し深いところまで探れようが……一介の地方領主ではそうもいかん」
「テオドラムでは何が起きているんでしょうか?」
「国王府が何か探り出してくれる事に期待しよう」




