第百二十七章 マーカス 5.王都イラストリア~国王執務室(その2)~
増強された拠点が今後に及ぼす影響を考えてみるべきというウォーレン卿の指摘に、それもそうかと考え直す一同。
「卿はどのような影響があると考えるかな?」
「テオドラムはマーカスに先んじて拠点兵力の大幅な増強に成功しました。しかし、即座の侵攻または攻撃は考えていないと思います」
「積雪が近いからか?」
「勿論それもありますが、ダンジョンの傍で戦端を開けばⅩが黙っていないでしょう。その事はテオドラムも身に滲みている筈です」
「あぁ……確かにな。てぇと、ドンパチやるなぁ離れた場所って事か」
「国境の砦を強化して侵攻のための拠点にする事は可能でしょうが、同じくマーカスの拠点が目の前にある以上、作戦行動は筒抜けでしょう。ただ、一つ考えられるのは……」
珍しく口籠もったウォーレン卿に、残り三人は警戒の目を向ける。こういう時のウォーレン卿は、大抵碌な予想を持ち出さない。しかしその一方で、聞いておくべき予想であるのも事実である。それが解っている将軍と宰相は、国王の方に督促するような視線を送る。
「……言ってくれぬか、ウォーレン卿。……大丈夫、覚悟はできておる」
損な役回りを押し付けられた国王が半ば自棄気味に宣言したのを聞いて、自分の意見が毒薬か何かのように扱われているのに微妙に凹むウォーレン卿。
「ウォーレン、凹んでねぇでさっさと話せ」
それが解るくらいには付き合いの長いローバー将軍。
「……解りました。一つの可能性は、テオドラムがダンジョン内でマーカス側に抜ける通路を発見していた場合です。この場合はマーカスの監視を出し抜いて、テオドラムがマーカスへ侵攻する事が可能になります」
予想どおり碌でもない仮説を聞かされて絶句する三名に、ただし、と補足するウォーレン卿の声が届く。
「……Ⅹがそういう間道を放置するかどうかが疑問です。敢えてテオドラムの侵攻を誘って逆襲する事ぐらいは計画するかもしれませんが……」
珍しく煮え切らない卿の説明を聞いて、成る程確かに判断がしにくいと納得する一同。Ⅹが何を考えているか不明な以上、憶測以上にはならないだろう。
「この件はこれ以上議論しても無駄だな。一つの危険性として覚えておくしかねぇだろう……ウォーレン、他に無ぇか?」
「考えられるのは、グレゴーラムとニコーラムの中継拠点、あるいは支援拠点ですね」
これまた予想外の返答に虚を衝かれた様子のローバー将軍。
「中継拠点だぁ?」
「えぇ、この間テオドラムの地図を睨んでいて気付いたんですが……」
そう言いながら、懐から簡単な略図を取り出すウォーレン卿。三人は思わず身を乗り出してその地図を眺める。
「シュレクの鉱山がダンジョン化したため、その後背部に監視拠点を作っているという話がありましたね?」
「あぁ、勅使殿の従者が確認したやつだな」
「その砦ですが、これは偶然でしょうが、丁度ウォルトラムとニコーラムのほぼ中間になるんですよ。……まぁ、街道からは少し離れていますけど、逆に言えば東街道からの道さえ造れば、位置的には中継拠点となり得ます」
「待て……そうすると」
「えぇ。同じように『岩山』はニコーラムとグレゴーラムの中継拠点、あるいは支援拠点となり得る。これらを整備する事で、テオドラムはより迅速な兵力の展開が可能になります」
ウォーレン卿の説明が聞こえているのかいないのか、三名は食い入るように略図を眺めている。
「モルヴァニアおよびマーカスとの間がきな臭くなっている現状では、東街道における軍事展開能力を高めておく事は、テオドラムの国益にも適うでしょう……あの、ねぇ、聞いてますか?」




