第十四章 王都イラストリア 1.国王執務室(その1)
ヴァザーリでの奴隷解放戦の話の続きになります。クロウ・亜人・王国のいずれにとっても予想外の事態が発生します。
朝も早くから執務室にいるのはすっかり常連となった面々、国王、宰相、ローバー将軍、ウォーレン卿の四人である。
「すると、ヴァザーリでの騒ぎは亜人の奴隷奪還を目的としたものか?」
「はい、下町の騒ぎはバレンの時と同じく小火、領主館の方はどうやら煙だけだったようです」
「煙だけ?」
「はい、猛烈な煙に巻かれて息もできなかったそうですが、後日の検証では燃えた跡がなかったそうです」
「魔術か魔道具か知らぬが、そんな事ができるのか?」
「やられたって事は、少なくとも向こうさんにはできるんでしょうな。軍事的には結構役に立つ技術ですが、火を使わない方法は、少なくとも儂は知りませんな」
「未知の攪乱技術を持つ敵か……」
宰相以下三名の会話に、国王が口を挟む。
「煙の話は後ほどゆるりとするがよい。それよりも、この度ヴァザーリを襲撃したのはエルフと獣人だけなのか?」
「確認されているのは、という意味です。それ以外に町を襲った火魔法使いと、駐屯所を襲った土魔法使い、更には領主館を襲った者がいます。襲撃の時間差からみていずれも別人であろうと思われますが、これらが亜人の別働隊なのかどうかは判りません。ただし、その手口から見て、バレンを襲ったのと同じ一味である事は確実です」
「つまりは、だ。バレンの一味に亜人が合流したって事だな」
「はい、あくまで実行の中心はバレンを襲ったのと同じ一味でしょう。彼らが亜人と手を組んで、今回の奴隷奪還を仕掛けたと考えられます」
「ヴァザーリ伯爵めは熱心なヤルタ教の支持者であったな?」
「はい。と言っても信者ではなく、亜人の奴隷化に都合がいいので利用しておるだけでしょう」
「ふむ。一連の動きは反ヤルタ教勢力によるものと見て間違いあるまいな」
「おそらく。ただ……」
「む? 何じゃ? 申してみよ」
「恥ずかしながら……以前に申し上げた魔族主犯説に疑問が出てきました」
「何じゃと?」
「モローのダンジョンの一件から今回に至るまで、モンスターの関与は確認されておりません。もし魔族が黒幕なら、こうまでモンスターを隠そうとする理由が解りません」
「魔族の関与を隠そうとしているってぇんじゃぁ駄目か?」
「だとしたら、そもそもダンジョンの存在を強調したのと矛盾します」
「だが、ダンジョンが関与しているのは事実だろうが」
「実際にはダンジョンでないとしたら?」
「「「何だとっ!?」」」
三人の声が重なった。
二つの迷宮がダンジョンであるのは、中に入った勇者と冒険者たちが確認している。ただし彼らは生還せず、一切の報告も遺していなかったため、二つの迷宮がダンジョンであるという確固たる証拠は無かった。ウォーレン卿がダンジョンの実在を疑う余地はあったのである。
「ダンジョンとされた場所は、いずれも狭い場所だと聞きます。もしも暗殺技術に長けた一個小隊で待ち伏せしていたら……」
「勇者や冒険者を仕留めるのも可能、か……。だが、なぜそんな手の込んだ偽装をする?」
「この件に魔族が関与していると思わせるためでしょう。ならば、実際には魔族は関与していない。魔族でないとすると黒幕は……」
「人間、か……」
「ウォーレン卿の新たな推測は重要じゃが、黒幕が魔族であれ人間であれ、その意図が反ヤルタ教にあるという点は変わらぬのじゃろう?」
「その点は間違いないと考えております。あくまで現時点での判断ですが」
「ならば黒幕の目的は、反ヤルタ教の旗印の下にエルフと獣人を糾合するため、そう判断してよいか?」
「恐らく。ただし念のために、奪われた奴隷たちの身元を調べておく必要があるかもしれません」
・・・・・・・・
後日、王たちの下へ、奴隷たちの身元の一覧が届く。
「取り潰された隣国の公爵家の遺児、じゃと?……」
もう一話投稿します。国王たちの困惑の第二幕、そして悩みの種の本命の話になります。
「(何だとっ!?)×3」の表記がふざけすぎという意見を戴きましたので、修正しました。(2017.07.13)




