第百二十四章 盗伐 5.テオドラム王城
その日、テオドラム王城の大会議室は、またしても不穏な喧噪に包まれていた。
「あ……の……馬鹿者がっっ!!」
「ノーデン男爵の件がようやく片付いたと思ったら……」
「我が国には阿呆貴族と阿呆軍人しかおらんのか!」
レンバッハ軍務卿が聞いたら気を悪くしそうな暴言だが、当の軍務卿も苦り切った顔をするばかりで何も言わない。おそらく内心では、大いに同意するところがあるのだろう。
グレゴーラムで起きた一件の詳細な報告が提出されたのである。
「……馬鹿司令官を更迭するのは既定の事だとしてもだ」
「うむ。切っ掛けになったのが燃料代の不足というのは無視できん」
この件に関しては、ファビク財務卿も軍務卿と五十歩百歩である。配下の官僚の杓子定規な対応が、全ての引き金を引いたとも言えるからだ。
「……部下の者の浅慮な対応の結果、軍務卿にもグレゴーラムの者たちにも迷惑をかけた。責任者として謝罪したい。だが、財務を預かる者として言わせてもらえれば、財政が逼迫している事も、削れるところは削っていかないときついというのも事実なのだ」
「……破綻しかけているのか?」
「そこまでではない――今のところは。だが、全ての連隊に補正予算を組むほどの余裕が無いのは事実だ」
申し訳無さそうな、しかしきっぱりとした財務卿の答弁に、居並ぶ面々が考え込む。発端となったグレゴーラムの燃料代不足を放って置く事はできない。今回何かと物入りだった筈のニコーラムと併せて、特別会計の計上を承認するしか無いだろう。他の連隊――というか、駐屯地の領主――には事情を説明して納得してもらうしかあるまい。
ちなみに、隣国に対する軍事拠点として国の主導で建設されたグレゴーラム――これはニコーラムとウォルトラムも同じ――には、通常の意味での領主はおらず、国から任命された代官がその経営に当たっている。
「その件についてはこれで片付いたとして、だ」
一同を見回して口を開いたのはラクスマン農務卿である。
「厄介な問題がまだ二つほど残っておる。一つは住民たちの動揺だ。『鷹』連隊の過剰な反応の結果、既に国境での件はグレゴーラムの住人たちの知るところとなっている。モンスターの襲来に怯えて、町を離れようとする者も出ているらしい。これを放って置くと、グレゴーラムという防衛拠点の存続にも関わりかねん」
農務卿の指摘は誇張ではない。一個連隊が駐屯するのに必要な物資のあれこれは、住民たちの活動によって生産されたり運ばれたりしているのだ。それらの働きを担う住民たちが町を離れれば、連隊の維持に赤信号が灯る危険性は充分にあり得た。
「……とりあえずは巡視を強化して、逃げ出そうとする者を捕縛しておくしかないだろう。だが、本質的な対応となると……」
「根幹にあるのは、グレゴーラムの兵力に対する不信……というか、信頼の揺らぎだ。この点をどうにかしなくては、状況の改善は図れん」
「そこで二つ目の問題になる。『鷹』連隊をどうするか」
やはりそこへ来たか……と、溜息を隠せない国務卿たち。
今回の一件だけでなく、ピットへの派遣に始まって五月祭後の亜人襲撃、マーカスとの国境への派兵、そして今度の一件と、「鷹」連隊はかなりの戦力低下を被っている。本来はイラストリアとマーカスの二ヵ国に対する備えとしてグレゴーラムに置かれた部隊だ。件の二ヵ国との間がきな臭くなっている現状を考えると、それなりに強力でなくては困るのである。
「……旧都の『梟』連隊と交代させるか?」
「そう簡単にはいかん。各地の連隊には各々の任地に関する情報の蓄積があるのだ。安易に配置を換えたところで、ノウハウの無い場所では力を十全には発揮できん」
「補充……しか無いだろうな」
「だが、補充する兵力はどこから持ってくる? それに、後任の司令官の選定もあるぞ?」
「後任については、通常は副官が昇格するのだが……」
「今回は駄目だ。司令官の暴走を諫めるどころか加担したんだからな……心情的には理解できても、信賞必罰の原則は守らねばならん」
「お題目はそれで好かろうが……現実問題として誰を派遣する?」
「……前任者に再度の出馬を頼むしか無いだろうな。司令官か副官か……」
「副官は駄目だ。やつは儂が引き抜いて、今では軍務の半分近くを取り仕切らせておる。今の時点で手放す事はできん」
前任の「鷹」連隊副官を腹心にしているレンバッハ軍務卿が異を唱える。
「だったら、必然的に前司令官となるが……」
「確か既に退役している筈だぞ?」
「陛下にお声掛けを願って、現役に復帰してもらうしかあるまい。幸いに有能な人物で、部下にも住民にも受けが好かったそうだ」
「補充兵の方はどうする?」
「『梟』連隊からは既に一個中隊を抽出している。その前にシュレクの監視にも一個中隊を派遣しているし、これ以上の無理はさせられん。『梟』連隊とニコーラムの『狼』連隊、それと王都の『龍』連隊も除いて、残り三つの連隊から、一時的に抽出して出向させよう。本格的な補充は、今鍛えている新兵どもを大急ぎで使えるようにするしか無いだろう」




