挿 話 花火
前話が少し短かったので、挿話を追加します。長閑な日常の一コマの筈です。
クレヴァスのダンジョン造成が始まった八月も半ばを過ぎて、骨休みという名目で俺のマンションを訪れていた従魔たち五名は、のんびりとテレビを見ながら寛いでいた。あ、五名と言ったのは数え間違いじゃない。ハイファが分体できることが判ってから、分体の一株を鉢植えにしてマンションの俺の部屋に置いている。これで皆が心置きなく俺の部屋を訪れる事ができるようになった。ハイファ一人だけ除け者というのは、いくら本人が気にしないと言ってくれても、やっぱり色々と気まずいからね。
ハイファが俺の部屋に常駐することで、俺が向こうの世界に行っている間の留守番役が手に入った。鉢植えのハイファも本体同様に念話が使えるし、洞窟内の本体とも意識を共有できるからな。
ま、そうやってテレビを眺めていると、窓の外からドーンとかパーンとかいう音が響いてきて、従魔たちは驚いたように身じろぎした。
『あぁ、花火大会か』
『ご主人様……花火大会とは……何ですか?』
『口で説明するより、外を見た方が早いだろ』
そう言って、俺は皆を――ハイファは鉢植えを――窓の所に連れて行った。
初めて打ち上げ花火を見た従魔たちは声もなく、夜空に咲いた花々の競演に見入っていた。
『わりと近くでやってるからな、窓から見ても結構迫力があるだろう』
声をかけたのも気づかないようで、大輪の花々が咲き乱れる夜空を、揃って一心不乱に見上げていた。
花火大会が終わって十分ほども経った頃、余韻を惜しむかのように黙って空を見上げていた従魔たちも一名、また一名とテーブルの前に戻ってきた。
『はぁ~、マスターの世界には、あんな綺麗なものがあるんですねぇ……』
『夏の風物詩だな。ここだけじゃなく日本中のあちこちで大会が開かれるぞ。ああいう大きな打ち上げ花火ばかりじゃなく、小さな手持ちの花火もあって、子供たちが手に持って楽しんだりもするんだ』
そう言うと、皆が口を揃えて見たいと言い出した。まぁ、夏の風物詩だしな。折角だからクレヴァス組も誘って俺たちの花火大会といくか。
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マンション近くのコンビニで花火のファミリーパック――でいいのか?――を幾つか購入し、点火用の蚊取り線香と消火用のバケツを持って洞窟へ入る。今日は俺たちの花火大会だ。
どこで花火をするかというのは少々揉めたが、結局はクレヴァス組も引き連れた上で、旧「モローのダンジョン」の近くでやろうということになった。ここならロムルスとレムスの迷宮からも近いしな。ダンジョンコアであるロムルスとレムスは、ダンジョンモンスターの眼を借りて、その場の情景を観る事ができる。なので今回はケイブバットを旧ダンジョンに派遣して、その眼を通して花火見物をするつもりだ。ちなみにクレヴァスのダンジョンは、まだダンジョンモンスターを召還していなかったのだが、今回の花火見物のために慌ててケイブバットを召還していた。勿論そのケイブバットは、俺がモローまで連れて来ている。
モローのダンジョンは森に囲まれているし、いくら夜とはいえ手持ち花火くらいならそれほど人目につかないだろう。そう考えて、遠慮無く花火を楽しんだ。
とは言っても、現時点で花火を持てるのは俺一人。他のみんなは見物役だ。端から見たら、一人で花火を楽しむ可哀想な男に見えたろうな。マンションの近くでやらなくてよかった……。
心中密かにブルーになる俺をそっちのけで、皆は花火に夢中である。ダンジョンコアやハイファ(鉢植えを持って来た)からも楽しげな興奮といった念が伝わってくる。まぁ、楽しんでもらえて嬉しいよ。
線香花火まで一通り終わってこれで仕舞いというところだが、皆がワイワイと楽しんでいたのを見ていささか気が緩んでいたのだろう、用心のために使わず残しておいたロケット花火五本ほどを〆に打ち上げることにした。一応、発射台代わりの空き瓶は持って来ていたんだよ。
皆がわくわくしながら見ている前で、ロケット花火が飛んで行く。五発の花火が次々に空を彩ったのを最後に、この世界初の花火大会は終わった。
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「モローのダンジョンに鬼火が出ただと?」
エルギンの冒険者ギルドのギルドマスターは、珍妙な報告に首をひねった。
「報告してきたのは冒険者か?」
「そう言っていいのか……報告してきたのは確かに冒険者ですが、彼本人が鬼火を見たわけじゃありません。モローの住人の間の噂として報告してきたんです」
「詳細は?」
「モローのダンジョンのそばで鬼火が出たと。近寄ってみたわけじゃないので詳しいことは不明らしいですが、少なくとも、この世のものとは思えぬ色合いの、住民の口を借りれば五色の炎が見えたそうです。それに、最後にはその五色の炎が恐ろしげな音を立てて空を飛び回ったということです」
「近くで見たわけじゃねぇんだな?」
「恐ろしくて近寄るなど考えもしなかったようですね」
「む……う、話があやふや過ぎて、公式の報告には載せられん。俺個人の手紙として、王都の第一大隊長に知らせておく」
長閑な日常の一コマだった筈が、王国の動向に微妙な影響を与えそうです。




