第百二十四章 盗伐 3.国境付近
第一報はグレゴーラムの北、国境へ向かう道沿いに設置した観察拠点からもたらされ、それをダバルがクロウに伝えた。
『閣下、テオドラムの兵士がやって来ました。装備から見て、ご明察のとおり盗伐にやって来たもようです』
『本当に来たのかよ……』
万一のための保険のつもりで準備していたものが図に当たったと言われて、クロウの方が驚いていた。
『……まぁ良い。来たのなら相応のもてなしをしてやらんとな。歓迎の準備はできているな?』
『はい』
『いつなりと』
『よし。手筈どおり最初は霧を試す。射程に入り次第仕掛けろ』
『『承知しました』』
ダバルとフェルの声が揃った。
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グレゴーラムに拠点を置く「鷹」連隊の第三大隊第二中隊は、重要なのは解るが今一つ気乗りのしない任務へと向かっていた。
「俺たちが木樵の真似事とはな」
「仕方あるまい。お偉方が予算を渋るせいで、この冬を越せるかどうか怪しいそうだからな」
「まったく……薪代くらいケチらずに出せってんだ」
ブツブツとぼやく兵士の群れは、イラストリアとの国境をなす低山地へと入っていた。自国側は荒れ地だが、稜線を過ぎてイラストリア側に入れば、そこでは冬を越すに充分なだけの薪が取り放題だ。無いものは有るところから持って来て当然。兵士たちに盗みを働くという自覚は無かった。
「お? 霧が出てきたな」
「あぁ、この時期には珍しいな」
イラストリア領内に踏み込もうというところで、濃密な霧が兵士たちを取り囲む。
……やがてそこかしこで怯えたような声が上がり、次いで狂気を孕んだ怒号へと変わる。剣戟の音が響き、血の臭いが拡がる……。
「畜生っ!」
「殺してやる!」
「死ねぇっ!」
兵士たちを呑み込んだ霧は、以前にピットで試した霧――闇魔法付き――の改良版であった。ピットの霧は記憶力や判断力を失わせ、警戒心を無くさせる。その結果、こちらからの呼び掛けにフラフラと引き寄せられてあっさり無力化される訳だが……今回試した霧は恐怖心・猜疑心と敵愾心・闘争心を煽り、正常な判断を奪う仕様になっている。その結果、霧で姿が見えなくなった同僚を敵と決めつけて斬りかかる事が続出。
同士討ちによって、同士討ちだけによって、一個中隊は崩壊寸前の状態になっていた。
『……どうやら頃合いのようです。フェル』
『ええ、霧を解いてモンスターたちに襲わせましょう』
何も無かったかのように霧が晴れると、そこはさながら地獄図のような光景が広がっていた。数刻前まで肩を叩いて談笑していた仲間同士が殺し合い、血塗れの屍体がそこかしこに転がる。友を手に掛けた事に呆然としている兵士たちを、ピットから派遣されてきたダンジョンモンスターの群れが襲う。
「う……うわぁっ!」
「何で……こんな……わぁぁっ!」
「た、助けて……ぐっ」
「ぎゃあぁぁっっ!」
ピットのダンジョンモンスターは、クロウからの「配給」――魔石やらワイバーンの肉やら――によって無闇に力を付けている上に、テオドラム兵たちは茫然自失の状態で戦意というものがまるで見られない。最初から勝負になどならなかった。既に掃討戦ですらなく単なる殺戮、いやゴミ掃除である。他愛無さ過ぎる相手にモンスターたちも物足りなそうな表情で、サクサクと作業を進めている。
辛うじて逃げ去る事のできた数名を除いて、テオドラム軍「鷹」連隊第三大隊第二中隊約二百六十名は、悉く物言わぬ骸と化した。
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『終わったようだな』
『はい、閣下』
『呆気無いものでした』
『ふむ……こちらでも見ていたが……あの霧もなかなか使えそうだな』
『はい。敵味方構わず巻き込みますから状況を選ぶ必要はあるでしょうが、今回のような場合には効果は絶大かと』
一面朱に染まった大地を横目で見ながら、ダバルが説明する。
『閣下、兵士たちの屍体は如何いたしましょうか』
『あぁ、それがあったな……仕方がない。フェル、今からゲートを開くから、モンスターたちに屍体を集めさせてくれ』
『かしこまりました』




