第百二十四章 盗伐 2.ピット
『盗伐……ですか?』
『可能性の一つとしてだがな。正直、あまり可能性は高くないと思う。が、備えておいて悪くもないだろう』
グレゴーラムのテオドラム兵による盗伐の可能性。クロウがそれに思い至ったのは、テオドラムが「災厄の岩窟」への逐次派兵を重ねていた頃である。その兵力をどこから抽出したのかと考えたのが発端であった。
「岩窟」最寄りの駐屯地となるとニコーラムだが、あそこはあそこでシュレクのダンジョンと、国境線の向こうに布陣しているモルヴァニア軍に備えねばならない。残るはグレゴーラムの「鷹」連隊という事になる。あそこはこれまでにもピットや五月祭後の亜人襲撃などに兵を割かれており、その全てが未帰還となっている。度重なる兵員の派遣は、「鷹」連隊の予算をかなり圧迫している筈。戦時ならともかく、平時の軍の予算がそれほど潤沢とは思えない。貨幣の改鋳やら五月祭でのエールの不振やらで、国家予算自体も少し厳しくなっている筈だから、補正予算の計上が認められない可能性は低くない。
ならば、そのしわ寄せがどこに来るかと考えた時、暖房代を思い浮かべるのは難しくない。大人しく寒さに震える事を選ぶのなら問題は無いが、他所から薪を調達しようとすると、それができそうな場所は国境沿いのイラストリアの森林である。低山地で森林の規模が大きくないためモンスターが跋扈する事は無いが、それなりに多様で豊かな生物相が保たれている。テオドラムの馬鹿どもにくれてやるには勿体無い。
『事情は飲み込めましたが』
『なぜ私たちに?』
クロウの説明に首を傾げているのは、「ピット」のダンジョンマスターのダバルと、同じくダンジョンコアのフェルである。
『簡単な話だ。テオドラムの馬鹿どもが盗伐に来るのを迎え撃つとしたら、どうしても野外での戦闘になる。俺の配下のダンジョンで、野外戦闘の経験が一番豊富なのはお前たちだからな』
言われてみれば納得である。
いや、正確に言えば、クロウ配下のダンジョンには、ピット以外にも野外戦闘能力を持つダンジョンはある。
……あるのだが、しかしシュレクの「怨毒の廃坑」にせよ「クリスマスシティー」にせよ、出陣の暁には大騒ぎになるのが目に見えている――特に後者。それくらいなら、普通のモンスターを戦力にしている「ピット」が動く方がまだ穏当だろう。
『しかし……まさかとは思いますが、ここからグレゴーラムまでトンネルを掘るのですか?』
『馬鹿を言え。そんな面倒な真似ができるか。国境の山地に小規模なダンジョンを造って、転送ゲートで繋ぐだけだ。お前たちには派遣する部隊の編成を頼みたい』
思ったより現実的な計画に安堵しつつも、どうせ自重しない造りになるんだろうなと二人して考えていたのはここだけの話である。
ともあれこうして、テオドラム兵が盗伐に来た場合に備えた、最低限の迎撃計画が立ち上がったのである。
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『派遣するモンスターのリストは……これか?』
『はい。盗伐となれば主力は歩兵で、木材搬出の労働力として騎兵が帯同していると思われます。ペーターに聞いたところ、グレゴーラムの司令官は面倒臭がりなので、最小の戦術単位である中隊をそのまま動かすのではないかと言われたので、それに応じた編成を考えました』
『最小の戦術単位って……あぁ、司令部を持つという意味でか。しかし、中隊規模の兵力を動かすか?』
『連隊に必要な燃料を得ようとするなら、小隊規模の労力では不充分。万一イラストリアと小競り合いになった場合を考えると、中隊規模の派遣が妥当であろうと言っていました』
『……元テオドラムの将軍だったペーターの判断なら間違いは無いか……。解った。その線で進めてくれ。俺もその線でダンジョンを作成しておく』
『戦闘は私たちのモンスターだけですか?』
『主力はそうだが、補助的な罠を幾つか用意しておく。クリスマスシティーが撮影した空中写真があるからな。あの辺りの地形は把握済みだ』




