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第百二十四章 盗伐 1.グレゴーラム~「鷹」連隊司令部~

「臨時予算の申請は却下されたか……」



 渋い顔付きで(つぶや)いているのは、グレゴーラムに本拠を置く「鷹」連隊の司令官である。


 今年に入ってからというもの、ピットへの派遣や五月祭に出店した亜人の襲撃など――しかもいずれも失敗したらしい。遺体すら残っていないので推測だが――で地味に兵力を磨り潰している上、やれ国境の警備だダンジョンの調査だとやたらに兵員の移動が増えており、そのための経費が予算を圧迫していたのである。その結果、グレゴーラムに駐屯している人員は減っているため、消費量も抑えられる筈だというのが申請却下の理由であった。



「確かに、現在ここにいる兵員は減っているが、送り出した兵士は飯も薪も要らんとでも思っておるのか……」



 グレゴーラムという場所に駐屯している兵士の数は減っているが、送り出した兵士に持たせる分の食糧や燃料、馬の飼い葉など、兵力移動の経費の方が大きいため、予算を圧迫しているのが実情である。何より問題なのが、もう目の前に迫っている冬に向けて必要な薪の手配が遅れている事だ。食費を削る(わけ)にいかない以上、割を食うのは暖房費になる。上の連中は贅沢を言うなとでも言いたいのかもしれないが、燃料不足で兵士が凍えて動きが鈍るような事があれば、有事の際の展開能力に直結するのだ。これは贅沢とは別次元の問題、軍というシステムを動かすための必要経費と考えるべきだ。司令官はそう主張したのだが、軍需や財務の官僚どもが口を揃えて反対したのだ。


 (もっと)も、軍需族や財務族にもそれなりの言い分がある。貨幣の(かい)(ちゅう)を終えはしたものの、このところのあれこれのせいで肝心の新貨幣への交換が遅れている。その結果、(かい)(ちゅう)差益の確保ができておらず、(むし)(かい)(ちゅう)の費用分だけ持ち出しになっている。五月祭でのエールの不振がこれに拍車をかけており、結果として王国の財政は厳しい状態にある。グレゴーラムとニコーラムに予定外の出費を強いたのは事実だが、それを理由にこの二つの連隊にだけ特別予算を計上する事はできない。他の連隊や駐屯地の代官までも、口を揃えて何のかんのと言い出すに決まっている。七つの連隊全てに特別予算など、とてもじゃないがその余裕は無い。これで石炭が発見されていればまだ違ったのであろうが、生憎(あいにく)石炭発見の吉報は届いていない。



 迫り来る冬に向けての支度が不充分であると考えた「鷹」連隊の司令官は、状況打開のための命令を出す事にした。



「やむを得ん。特別予算が下りぬとなれば、自力で燃料を調達するしかあるまい」

「……どうするおつもりなのですか?」

「薪が無いなら、薪を採ってくれば良い。簡単な事だ」

「しかし……この町の周辺には薪を採れるような場所はありません。僅かばかりの薪では連隊の需要を賄うには足りませんし、下手をすると住民の生活を圧迫します」

「この町の近くに薪が無いのなら、薪があるところへ行くしかあるまい。これも簡単な事だ」

「……どこへ行くと(おっしゃ)るのですか?」

「北だ。国境線沿いには狭いが森林がある。あそこから伐り出せば、少なくともこの冬の分は賄えるだろう」



 グレゴーラムの北の国境とは、すなわちイラストリアとの国境を指す。険しいとは言わないまでも一応の山地……というか丘陵地になっており、そこには確かに森林も残っている。ただし問題は……



「待って下さい! 確かに国境沿いに森林はありますが、森林があるのはイラストリアの領内です!」



 テオドラム側の森林はとっくの昔に伐り尽くされており、森林の体裁を残しているのはイラストリアの領内にある分だけであった。それを伐ってくるとなると(れっき)とした盗伐……というか国境侵犯と略奪である。



「イラストリアとの国境線は暫定的なものだ。王国がそれに納得しておらんのは、不首尾に終わった『回復』計画からも解る。であれば、正当な領土内にある木材資源を、正当な所有者が正当な目的のために利用して何が悪い?」



 無茶苦茶な理屈、いや屁理屈である。どうもこの司令官、上層部への嫌がらせのために、(わざ)と問題含みの行動をとるつもりのようだ。付き合わされる方は(たま)ったものではない。


 (もっと)も、司令官にも一応の成算はあるらしい。森林資源の豊富なイラストリアが、僅かばかりの薪のために隣国の軍隊と事を構えようとはしないだろうとの読みである。万一咎められたら、ここはテオドラム領だと開き直って威嚇すれば良い。イラストリアが軍を出せば、木材資源の不当な独占を非難するつもりらしい。つくづく(たち)の悪い司令官である。



「小官はテオドラムの軍人であり、小官が責任を負うべきなのはテオドラムの兵士に対してだ。イラストリアの国民に対してではない。小官はその責任において、テオドラム軍の兵士ににその働きを(まっと)うさせるべく、燃料の調達を図るのだ。何か問題があるか?」

「…………」

「第一、どこかから燃料を調達してこない限り、この冬には凍死者が出るぞ。そうなったらそうなったで、どうせ責任を問われるんだ。ならば上の連中も巻き込んで何が悪い」

「……そう……ですね。毒を食らわば皿までです。やりましょう」

「宜しい。歩兵一個中隊をもって燃料調達作戦を実施する。(ただ)ちに準備に入るように」

「い……一個中隊ですか?」

「ちまちま分けると面倒だろうが」



 ()くの如き経緯(いきさつ)から、テオドラム史上に残る怪作戦が実施される運びとなったのである。

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