挿 話 エッジ村ファッション事情~五月祭への備え~(その2)
「丸玉の方は……まだ少し手持ちがありますから、残り全部をホッブさんに渡しておきます。冬越しでバンクスに行った時にも、できるだけ仕入れてきますよ」
どのみち丸玉の専従班は、ホッブ氏以下の三人だ。こちらは相応の技術が要るので、そうそう増員はできないだろう。ならば、急なペースアップは考えなくて良い。木製カメオの作製もあるのだ。丸玉の消費ペースが今より増える事は無いはずだ。
「済まねぇだなぁ、クロウさぁ」
「代金は村の方で持つだでよ」
「いや……まぁ……小屋の借料だと思って戴ければ……」
表向きはどうあれ、元々は山で拾ってきた原石を、クロウの錬金術で加工しただけのものだ。原価などほとんど無きに等しい。そんなものに対価を求めるのもどうかと思っていたクロウであったが……
「そうはいかねぇべ」
「んだ。あんなボロ小屋の貸し賃にゃ、貰い過ぎだぁ」
「細工用の真鍮線だって只じゃねぇべ?」
そう言えば、そんなものも渡していたな――と思い出すクロウ。最初の頃は真鍮線だけだったが、色合いにヴァリエーションが欲しくなったクロウが、その後に銅の伸線も導入している。これとても、錬金術で母岩――ピットの下に大鉱床があった――から抽出した素材を錬金術で加工しているだけなので、製造原価はほぼ無料である。
ただ……そんな事を村人たちに言う訳にはいかない。
結局、原価分だけ貰うという事で落ち着いた。購入と運搬の手間賃が、山小屋の借料という訳である。
「材料の手配はそれで良いとして……村長、税金とかの話は大丈夫ですか?」
「んだよなぁ……」
不得要領な顔の村人たちに、クロウが懸念を説明していく。売り上げが既に小遣い稼ぎのレベルではなくなっている以上、領主に黙っていると後々面倒な事になるのではないかと。
「代官さぁに話した方が好ぇっつうのは解るけんど……どう話したもんかっつうのがなぁ……」
あまり早々に接触を持とうとすると、課税の面で足下を見られるかもしれない。どのみち五月祭での売り上げが判らないと、交渉も何も始まらないだろう。収益は村全体の収入に繰り込む事にするようだが……
「代官との交渉の際には、必要経費をしっかり計上しておく事をお勧めしますよ」
農作業に関わらない人員を活用しているとは言え、家事など細々した部分に影響が出るのは避けられない。その分、農作業班に負担がかかる訳で、結果的に農作業にかけられる時間が減る事になる。その部分を差し引いてもらわねば、こちらの負担が大き過ぎると入れ知恵したら、村人たちに呆れられた。
どうやらこちらの世界では、必要経費という概念はまだ広く浸透してはいないようであった。
「まぁ、とりあえず相談しておくべきはこのくらいですか」
当座の方針が決まって寛いだ雰囲気になり……かけたところで、村人の一人が不吉な予言を口にする。
「あのよぉ……殿様が注文出してきたりは……しねぇだかな?」
考えてみれば、今話題のスカーフとアクセサリーが自分の所領で売られているのだ。自分用に、あるいは他の貴族への贈答用に、幾つか確保しておきたいと考えるのは不自然ではない。
新たに突き付けられた不穏な懸念に、クロウたちは無言であった。
・・・・・・・・
『……とまぁ、そう言う不吉な落ちが付いたところで、打ち合わせが終わった訳だ』
『寛ぐ……事は……できません……でしたか……?』
『残念ながらな』
みんな能面みたいに無表情になってたからな。
『あと、来年は早めに村に戻って来てほしいと言われたな』
『まぁ……そうでございましょうなぁ……』
『亜人たちの五月祭は、酷かったみたいですからねぇ……』
『あぁ。その様子を人伝に聞いたみたいだな。それほどの事にはならないだろうという楽観と、なったらどうしようという不安の間で揺れ動いている感じだった』
『……主様、バンクスの亜人たちは、来年の五月祭、どうするつもりなんでしょうか?』
……確かに……確認しておいた方が良いな。
『けどマスター、早く村に帰るって、どうするんですか?』
『あぁ。馬車を使おうかと思ってる』
シャルドの遺跡見物に国の内外から亜人が詰めかけるせいで、シャルドを中心とした交通網の再編が進んでいるらしい。位置的には丁度南北の中間になるしな。シャルドを経由して、バンクスからモローへ行く便も多くなっていると言うから、それを利用すれば何とかなるだろう。
亜人の来訪が増えているせいで、王国としても難しい対応を迫られているようだな。まぁ、警備名目で駐屯兵力を増強したらしいが。
来年の五月祭の事をあれこれと話していたところ、怖ず怖ずとライが口を挟んできた。
『ますたぁ、エルフたちの丸玉はぁ?』
あ……シルヴァの森の連中の分も作っておかんと拙いか……まさか、エッジ村と同じような事になってはいないよな? ……ホルンに訊いておいた方が良いか。
次回から本筋に戻ります。




