第百二十三章 冷蔵箱 2.王都イラストリア
冷蔵箱が実用化され普及すれば、当然ながら酒造以外の業種にも甚大な影響が出るのは避けられない。どこにどれだけの影響が出るのか、その対策はどうするべきか、王国としてはそれを知っておかねばならない。
という事は、それらの問題を押し付けられる部署が出てくるという事である。
イラストリア国王府においてその任を与えられた――貧乏籤を引かされた、もしくは生贄にされたとも言う――のは、マーヴィック商務卿率いる商務部の面々であった。
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「北側の山麓の氷室は何とか間に合いそうです! 西側の氷室は……」
「何としてでも間に合わせろ! 北側の氷室だけで足りるかどうか判らんのだ!」
「しかし……今回の運用は試験的なものだと聞いていますが?」
「テオドラムがきな臭い動きをしている上に、なぜか知らんがドワーフどもが冷蔵箱に興味を持っているって話があるんだよ」
「ドワーフ……ですか?」
「解ったらさっさと兵士の尻っぺたを叩いてこい! 遅れた部署にドワーフどもの相手をさせるって言ってな!」
「わ、解りました!」
テオドラムよりもドワーフの方が脅威と映ったのか、若い商務部員は大慌てで部屋を出て行った。
「まったく……王都に造る予定の氷室の敷地はどうなってる!?」
「そっちは酒造ギルドの連絡待ちです。金の臭いを嗅ぎ付けてごね始めたやつらが出てきたようで……」
「いいか! そっちは酒造ギルドの方で片付けろと念を押しておけ! こっちに尻を持ち込んでも、拭ってる暇は無いってな!」
「解りました!」
急ぎ足に部屋を出て行った職員を見送ると、今度は別の方に向かって質問を放つ……いや、ぶっ放す。
「氷室から王都までの道路整備は進んでいるのか!? 夏になる前に氷を王都に運び込まなきゃならんのだ。雪で道が閉ざされる前に目鼻を付けておかんと間に合わんぞ!」
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氷室関連事業の責任者が怒号を放っているのと違う部屋では、食品の流通を担当する幹部が部下に指示を出していた。
「ふむ……ここまで日保ちが延びるとは……面倒な事だな」
責任者の発言に怪訝そうな表情を示したのは、まだ若い職員であった。食品の保存期間が延びる事は福音ではないか。先輩たちは何を不機嫌な顔をしているのか。
「……解っていないようだな。食品が長保ちするという事は、より遠くの産地から食品を運んで来られるという事だ。それはつまり、従来の調達体系が覆されるという事になる」
ここまで言われれば若い職員にも、幹部職員がなぜ顰め面をしているのかが理解できる。産地、価格、税率、運送費……従来の決まりは悉く見直しを迫られる。つまり……冗談では済まない量の仕事が押し寄せる事になる。
事態の重大さを悟って青ざめる若い職員を哀れむように見遣ると、幹部職員たちは仕事に取りかかった……。
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緊迫感漂う内務部の別の部署にも、冷蔵箱の実用化の影響を懸念する者たちがいた。
「……その量では恐らく足りんだろう」
「しかし……この時期だと新たに採集する事もできません。市場に出回っている分を買い漁ると、国民の需要を圧迫します」
「……最悪、他国からの輸入に頼るしかないか……」
「ですが、あまり派手に動くと、他国の注意を引くのでは?」
「薬草不足が祟った挙げ句、国を挙げて食中毒に罹って目を引くよりはマシだろう」
「それはそうですが……出ますかね、食中毒?」
「判らん……が、判らん以上は起きるものとして準備しておくのが我々の務めだ」
「しかし……まさか冷蔵箱の影響がうちにまで廻ってくるとは……」
「ぼやくな。消費期限の混乱と冷蔵箱に対する過信から、痛んだ肉を食べて食中毒を起こす者が出る可能性がある以上、医療院としてはそれに備えておくしかない。とりあえず、主な担当部署に注意を喚起しておく必要がある。すぐにでも書類を纏めてくれ」
クロウが何の気無しに教えた冷蔵箱の知識は、イラストリア王国の中枢に甚大な影響を及ぼしていた。




