第百二十二章 勇者の訃報 5.モロー
『クロウ様、またしても国軍の兵士が辺りを彷徨いています』
ロムルスとレムスからの連絡を受けたクロウは、直ちに詳細な状況報告を要求したのだが……
『ダンジョンにも町にも近付かずに、街道沿いを中心に何かを探している?』
不可解な行動に首を傾げてみたものの、それで良い知恵が出る訳もない。何よりダンジョンに近寄らないため、事態の把握が充分にできない。
『ケイブバットやケイブラットをそこまで派遣するのもなぁ……』
ダンジョンモンスターを下手に遠くに派遣すると、ダンジョンの領域を過大に評価される危険性がある。そうは言っても……
『アンデッドたちを動かすのもなぁ……兵士相手の聞き込みだと、下手をすれば疑念を持たれるだけだ』
途方に暮れたクロウであったが、こういう時は専門家の意見を聞くのが良かろうと思いついた。
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「それで私の所へお見えになったのですか……」
「お前なら情報収集は得意だろう?」
クロウが転移でやって来たのはピットのダンジョン。会いに来た相手はダンジョンマスターのダバルである。
「イラストリアの兵士が相手だと、迂闊に魔術を使えば気取られかねませんね」
「それで困ってるんだ。何か良い知恵は無いか?」
「そうですね……ケイブバットかシャドウオウルを使っては? いえ、接近せずに会話を聞き取らせるのですよ」
これらのモンスターは耳が良いので、離れた位置からも会話を盗み聞きする事が可能らしい。
「しかし……抑モローは荒涼たる荒れ地で、フクロウやコウモリが身を寄せるような樹木はほとんど無いぞ?」
僅かな樹木があるのはダンジョンの傍だが、抑兵士たちはダンジョンに近寄らない。
「それもそうでしたね……」
思案投げ首の二人であったが、この時は解決策の方からやって来た。
『クロウ様、下士官らしい兵士が旧「モローのダンジョン」跡で話しながら食事をしています』
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『ロムルス、レムス、どうなっている?』
ダンジョン転移でモローにとんぼ返りしたクロウ――と、ついでにやって来たダバル――は、直ちに状況の推移を訊ねる。
シャルドの遺跡ダンジョンを整備した時に、遺跡内での会話を盗聴するために、隠しダンジョンに続く小さな伝声管を多数設置した。その時の経験からクロウは、旧「モローのダンジョン」跡に続く伝声管――代わりの地中の亀裂――を、二つの迷宮まで伸ばしておいた。そのお蔭で、下士官二人――言わずと知れたダールとクルシャンク――の会話をクロウたちも聞き取る事ができたのである。
『……成る程、勇者の死亡が原因でしたか……』
『これ見よがしに飛竜でやって来たのは、モローの住民を安心させるためでしたか……』
『戦術的な目的ではなくて、政治的な目的での動きだったんですね』
『態とらしいな……』
事情が解ったと安堵気味のダンジョンコアたちをよそにしてポツリと漏らしたクロウの言葉に、その場の全員が振り返る。
『閣下?』
『よく観てみろ。台詞も態度も大仰だし、素人芝居を観ているような気にならないか?』
『そう言われれば、確かに……』
『クロウ様、そうすると、これは?』
『罠……という可能性もあるが、それならもう少し上手い役者を寄越すだろう。わざとらしいくらいに滑舌が良く、声が大きく、聞こえよがしに調査目的を話すような大根役者じゃなくてな』
『という事は……』
『ここへ来た理由を俺たちに説明してくれているんだろうよ。二つのダンジョンのダンジョンマスターにな』
イラストリア王国からクロウへ、中立を宣言した最初のメッセージであった。




