第百二十一章 「災厄の岩窟」 4.テオドラム王城
「石炭は、見つからなかったか……」
残念そうな口調で呟く国王に、無言で頭を下げる国務卿たち。
怪物の骨らしきものが出土したという前代未聞――このところ前代未聞の事態が多い――の急報を受けて、大慌てで送り出した学者陣からの第一報が王城へ届いたのだ。事態が事態だというので、学者勢の派遣には贅沢にも飛竜が使われた。三日ほどで現地に到着した学者たちは寝食を忘れたように現場へ向かおうとしたが、疲れの溜まった身体では安全が保障できないとして、現地の責任者が無理矢理休みを取らせたそうだ。翌朝早々に現場に着いた学者たちは、問題の頭骨だけでなく出土状況や周囲の様子も仔細に検分した上で、件の報告を送って寄越したのである。
「それでレンバッハ、増援の部隊は送ったのだな?」
「は、昨日のうちに旧都を発ちましてございます」
石炭こそ発見されなかったが、今回見つかった化石――彼らにはまだ化石という認識は無かったが――の学術的重要性は計り知れない。警備を強化する必要があり、そのための部隊を送る必要があった。このところのあれこれで予備戦力も大分厳しい事になているし、下手に大部隊を送れば国境を接して睨み合いが続いているマーカスを刺激する事になりかねない。諸事情を勘案して、旧都に駐屯する連隊から選ばれた一個中隊の増援部隊が、昨日のうちに王都を発ったのである。最寄りのニコーラムやグレゴーラムの部隊からは、これ以上の兵力抽出は厳しくなってきたので。
「トルランド、時が時ゆえ、此度の増援について探りを入れてくる国も出てこよう。水・石炭は無論の事、此度見つかったものについても漏らさず、その上で事を荒立てぬようにいたせ」
「は」
「済まぬな。難しい舵取りを押し付けたのは解っておる」
「勿体なきお言葉。このトルランド、身命に代えましても」
「頼むぞ」
トルランド外務卿に念を押すと国王は顔を上げ、居並ぶ国務卿たちを見回して言葉を発する。
「さて、予想外の代物が飛び出てきたため有耶無耶になっておったが……石炭の所在についてだ」
国王の言葉に国務卿たちが微かに身動ぐ。今回発見できなかったとはいえ、石炭が埋まっている可能性が否定された訳ではないのだ。
「今回発見した化石層は、新たに掘った坑道の先に現れたと聞くが、他からの坑道や割れ目に繋がっていた訳ではないのだな?」
「そうは聞いておりません。新たに掘った坑道の先に出てきたとだけ。これは学者どもの報告にもございました」
「ふむ。ならば……先日死した冒険者が持ち帰った化石は、そこから出たものではないという事になる」
国王の台詞を聞いた国務卿たちの間に緊張が走る。考えてみれば当たり前の話だ。今回新たに発掘した場所であれば、それ以前に冒険者が辿り着いていた筈が無い……普通の場所であれば。生憎と「災厄の岩窟」はダンジョンであり、坑道や壁はダンジョンコアあるいはダンジョンマスターの心一つで如何様にも変えられるのだが、ダンジョンというものに疎いテオドラムの首脳部は、誰一人その事を知らなかった。尤も今回は、最初に化石が出土した場所とは実際に離れていたのだが。
「ならば、他にも化石層はある筈だ。探せ。そこになら石炭があるかもしれん」
さて、そうなると、深く掘る事を考えて掘削方針を変更したのは拙かったか? 死んだ冒険者が辿り着いていたからには、件の化石は洞窟内の通路沿いで得られたものとしか考えられない。改めてそれを探すべきか?
「いや、教授も言っていたように、石炭があるとすれば深い位置ほどその可能性は高い筈。ただ……例の場所は学者どもがしがみついているそうだから、別の坑道を掘り進めてみよ」
「かしこまりました」
「それと……今一つの件については、まだ動くでない。もしも真実ならば、下手をするとこの国がひっくり返るからな。これは皆にも命じておく。機会を待て」
「「「「御意」」」」
もう一つの懸念とやらは何なのか。それが明らかになるには、今少しの時間が必要であった。
・・・・・・・・
『マスター、石炭って、マスターの錬金術で造れないんですかぁ?』
『キーン……お前、時々えげつない事を思いつくよな……』
『いえ、クロウ様、これは卓抜な発想では?』
キーンの発想と発言はいつもの事と言えなくもないが、それに食い付いたケルの様子に怯みを見せる従魔たち。
(『うわぁ……』)
(『ケルって……クロウ様に似てきた?』)
(『頼もしいでは……ありませんか……』)




