第百十九章 「災厄の岩窟」 3.マーカス王国国境監視部隊
テオドラムの兵士たちが興奮した様子でダンジョンから飛び出してきたのを確認したマーカスでは、かねてから――ひょっとしたら上手くいくかもしれぬと思って――準備していたある方法を試してみた。
その方法は意外にも上手くいって、マーカスはテオドラムがダンジョン内で水を発見したらしい事を知った。
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「……しかし、想像以上に上手くいったものだな、読唇術」
「兵士の一人が具申してきた時はまさか、そんな上手い事が……と思っていましたが……」
「儂もだよ。案外馬鹿にしたものではないな。知り得た内容は早速にでも本国に報告せねばならん。……読唇術の有用性も一緒にな」
読唇術。
唇の動きを読む事で、声が聞こえない者にも、あるいは聞こえない距離からも、会話の内容を推測し得る技術。
マーカスの国境監視部隊では、一人の兵士の具申を――半信半疑で――受け容れた。読唇術の心得のある者を手配して、テオドラム兵の会話を「読ませた」のである。
読唇術は、巷で取り沙汰されているほどに神懸かり的な効果を発揮するものではないという。ただし今回は、興奮した兵士たちが何度も同じ単語を繰り返しており、しかもその単語と発音が――正確には唇の動きが――似た単語が少なかったため、読み取るのは比較的容易であった。
それは「水」という単語だった。
監視部隊の副官が以前に具申していた仮説、そして今度の読唇術の成果、これらを総合して、「テオドラムはダンジョン内で水の調達に成功した」という結論を導くのは容易であった。
「テオドラムがどうやって水の存在を察知したのかは気になるが……今はそれ以上に、水を得た事で彼らの方針がどう変わるかの方が問題だな」
「方針が変わるとお考えですか?」
「充分な量の水を確保できたのならな。もしも充分な水を確保できたのなら、そして、今まで彼らの行動を制約していた水不足という軛が外れたのなら、そう、その可能性は大いにあると思う」
副官は上官の言葉をしっかりと玩味すると、繰り返された単語について問いかけた。
「得られた水の量が彼らの行動を左右すると?」
「逆に言えば彼らの行動から、得られた水の量を推定する事もできそうだがな。まぁ、これはただの思いつきで、しっかりとした根拠があっての発言じゃない」
驚いたような表情を見せた副官に向かって苦笑すると、指揮官は徐に本題に入る。
「近在の村々に急使を飛ばしてくれ。井戸の水量に変化が無いかどうか、数日前から遡って……そうだな、今後二週間ほどは気を付けておくように、とな」
副官は完全に意表を衝かれた様子であったが、それでも命じられた事を速やかに遂行し、しかる後に指揮官に質問した。
「地下水位に影響が出る可能性をお考えなのですか?」
「出るかもしれんし、出ないかもしれん。だが、もしも影響が出た場合、どこの井戸にどういう影響が出たのかを調べれば、地下水脈の流れが推測できるかもしれん。今後テオドラムの相手をする事を考えると、地下水の流れを把握しておく事は、案外決め手になるかもしれん」




