第百十八章 テオドラム 3.田舎の村
「確かに、何も無い田舎の村に冒険者が現れたら目立つだろうな」
旧都テオドラムでニールたちが聞き込んできた情報によって、クロウたちは調査方針の変更を余儀なくされた。
「そういう田舎なら、寧ろシャドウオウルやケイブバット、ケイブラットの方が向いているだろう」
シルエットピクシーと怨霊に、新たに上述のメンバーを加えて調査する事になったが、ここまでモンスター中心の調査班だと、ただのアンデッドであるニールたちには荷が重い。
「……ダバルのやつに頼むか。あいつはダンジョンマスターのくせして、なぜかこの手の調査は経験豊富なようだからな」
クロウの決断によって、ヤルタ教の動向調査は第二段階に入った。
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今はアンデッドとなってクロウに仕える身だが、ダバルは元々魔族であって魔術もそれなりに使いこなせる。加えて潜入や変装、隠身の技術にも長けていた。
「かつては弱小ダンジョンの面倒を見るのに、何でもやりましたからね……」
今は昔という表情で束の間回想に浸りかけたダバルであったが、すぐさま気を取り直してクロウの依頼に諾と答える。
「モンスターと怨霊たちの指揮ならお任せ下さい。要はヤルタ教の坊主どもが、村でなにをやっているのかを調べ上げれば良いんですね?」
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「柵作りの指導、それに砒素汚染の調査だと?」
ダバルとモンスター、怨霊たちが調べ上げてきた内容を聞いたクロウは、戸惑ったように繰り返した。
「あちこちの村に行っては、そこの村人が不安を感じている問題を解決、あるいはそのために尽力する事で、村人たちの信用を勝ち得ていったようですね」
ダバルは自分たちが調べ上げた内容を開陳していく。
「砒霜による井戸の汚染に怯えていた村を訪れて、井戸水が汚染されているかどうかを調べたのが最初のようですね。何でも、銀器を使えば砒霜が含まれているかどうかが、ごく大雑把に判るとかいう触れ込みで」
「砒素に混入した硫化物を検出する方法か……」
地球でも砒素による毒殺が盛んだった時代に、硫砒鉄鉱から取り出した砒素に硫化物が混じっている事を利用して、硫化物の存在を銀の黒変によって検出する事で砒素の混入を察知する方法が考案された。ヤルタ教が採用したのもそれと同じ方法であろう。
「それなりの信用を得た後で、次に坊主どもがやったのは、柵の建設指導です」
「……どういう事だ?」
テオドラム王国が対魔獣戦のレクチャーを受けた結果、町や村の防衛設備が貧弱過ぎる事に気付いてその見直しを進めた際の事である。元はと言えばクロウがシュレクにドラゴン――実際はドラゴンの皮を被ったスケルトンドラゴン――を呼び出したりしたのが原因なのだが、神ならぬ身のクロウはそんな事は知らなかった。
「……シュレクの騒ぎが原因で村の壁やら柵やらの見直しが進み、ヤルタ教の坊主どもがそれに入れ知恵する形で根を張ったのか……」
自分たちの行動に乗じてヤルタ教が勢力を伸ばした事を知って、思わず呪詛の台詞を口にする。
「忌々しい話だが……亜人たちについては何も煽動してはいないのか?」
「調べた限りではありませんね。イラストリアで手痛い目を見たため、こちらでは自重しているのでは?」
ダバルの報告を聞いて、ふむと考え込むクロウ。
『マスター、ヤルタ教が改心した訳じゃないんですよね?』
『それは無いな……責める相手とその理由を差し出す事で、大衆の不平不満を糾合して勢力を伸ばしたヤルタ教だ。この国にはエルフや獣人がいないからターゲットから外しただけだろう。亜人を持ち出すまでもなく、不平不満の対象としては国家があったようだしな』
『王国への……不満分子を……纏める……つもりでしょうか?』
『いや、そこまでの力も野望もまだ無い筈だ。不平不満を穏便に解消する事で民衆の信頼を、社会の安定を図る事でテオドラム王国からの目溢しを期待しているんだろう』
『如何いたしますか? ご主人様』
『……忌々しいが、今の段階でヤルタ教を潰しても、騒ぎが大きくなるだけで意味が無い。テオドラム国内が不安定化して難民でも発生したら面倒だ。悪さをしないようなら、しばらく放って置くさ。俺たちにしても、そう何もかもは手が回らんしな』




