第百十八章 テオドラム 1.ヤルタ教の消息
「ヤルタ教だと?」
思いがけないニールの言葉に、クロウは不機嫌そうな声音で聞き返す。
「へぃ。このところ妙な騒ぎが色々起きるってぇんで、先行き不安になった連中が縋り付く相手を探してて……」
「そこへタイミング良くヤルタ教がしゃしゃり出てきた訳か……」
「あの宗派は現世利益を謳うのが巧みですからね……」
自分たちがテオドラムを揺さぶった結果、回り回ってヤルタ教の進出を許したとあって、クロウは渋い顔である。
『あれ? でも、マスター、この国って、エルフも獣人もいないんですよね?』
指弾すべき対象である亜人たちがいないのに、ヤルタ教はどうやって勢力を伸ばしたのか? キーンの疑念は良いところを衝いていた。
『確かにな……』
この国が亜人に対して良い感情を持っていない――国が率先して亜人奴隷を買い上げていたくらいだから、まず間違いは無い――にしても、悪感情を誘導するターゲットとしての亜人がいない現状で、どうやって支持者を纏めたのか。まさかとは思うが、亜人に代わる弾圧対象を見つけたのか?
『……これは、一度調べておかんと拙いかもしれんな……』
しかし、調べるにしてもどうやって調べるというのか。
「さすがに俺たちは動けませんよ?」
生前はヤルタ教が認定した勇者だったカイトがまず辞退する。エルダーアンデッドになって生前とは少し雰囲気が変わってはいるが、注意して見れば面影は残っている。屍体が確認されていない――本人たちがここにいるのだから当たり前である――ために、死亡自体も確定してはいない状況でヤルタ教の前に姿を現すなど、どう考えても拙い。
「それは勿論解っている。……同じような理由でテオドラム兵も使えんしな」
テオドラムの元・イラストリア侵攻部隊のアンデッド――復活させた分だけで一個中隊相当――の中には斥候兵もいるが、彼らの母国であるここで堂々と活動させるのは論外である。
諜報担当のモンスターや怨霊はいるが、彼らばかりに頼るのは無理があるし、何より彼らには「聞き込み」という、情報収集の常套手段が使えない。
「……となると、頼めるのは消去法でニールたちしかいないか……」
冒険者ギルドでの聞き込みを終えたばかりというのに、新たな任務に駆り出すのは気が進まない。そういう表情のクロウを面白そうに眺めつつ――ダンジョンマスターで自分たちの使役者だというのに、気配りの過ぎたご主人だ――ニールは任務を快諾した。
「ヤルタ教関係者そのものに当たるのではなく、信者や支持者から聞き込むようにな」
「解ってまさぁ」




