第百十七章 オドラント 6.眷属会議(その3)
『赤外線写真か……』
クリスマスシティーが提案したのは、物体の放射する熱(赤外線)を検出して熱分布図を作成してはどうかというものであった。放射熱量の大きい区域を人間活動が活溌な区域と見なせば、地図と重ね合わせた熱分布図から人間活動の度合いが判る。地球世界では衛星もしくは航空機による高々度撮影によって赤外線画像を得ていたが、こちらでもクリスマスシティーを飛ばす事ができるので、そこは問題無い。問題なのは……
『しかし……赤外線カメラをどこから調達する?』
もとよりこの世界には赤外線カメラなどというものは存在しない。さりとて、地球世界で入手するのもそう簡単ではない。いや、正確に言えば、ハンディサイズのものなら入手も不可能ではないのだが、高々度からの熱画像取得に使えるようなものではないのである。最近はドローン搭載用のタイプも売りに出てはいるが、民生用のドローンが飛行できる程度の高度では、クロウの目的とする熱画像は得にくい。
『そこは提督のダンジョンマジックで何とでもなるのでは?』
『……あぁ、そう言えばお前もダンジョンだったな……』
特殊な例――自由に飛び回ってダンジョン外の敵に自ら砲撃を加えるダンジョンというのは他に例が無い――なので失念しがちであるが、クリスマスシティーは歴としたダンジョンであり、その外装はダンジョンの壁に当たっている。ダンジョンである以上は、「ダンジョンの支配者」でもあるクロウのダンジョンマジックで改造や強化が可能である。
実際にオドラントのダンジョンで各種センサーを設置したのも、このダンジョンマジックによるものだ。走査する内容が可視光線から赤外線に変わっただけと考えれば、やってやれない事も無いような気がする……。
『試してみても悪い事は無いか……』
・・・・・・・・
数日後、ヴィンシュタットの冒険者ギルド本部でニールが聞き込んできた内容と、新たに赤外線カメラを装備したクリスマスシティーがテオドラム上空から撮影した熱分布画像の解析結果を巡って、眷属会議が招集されていた。
『……ふむ。中央街道沿いは見事に熱量が低いな……元からなのかもしれんが。対照的に西街道は活気があるな。ヴァザーリが落ち目になった影響はあまり出ていないのか?』
『マルクトは沿岸諸国との交易で栄えている町ですからね。奴隷売買を主軸としたヴァザーリとの交易量は大きくありません。どちらかと言えば、ヴァザーリの受けていた恩恵の方が大きかった筈です』
『で……その西街道に較べると、東街道の方は微妙だな。……何ヵ所か熱量が大きくなっているのは……』
『国軍の集結地点ですね』
『商業活動ではないという事か……ニールが聞き込んできた結果と一致するな』
熱分布画像から目を上げたクロウが、ニールに確認する。
「へい。ギルドで聞き込んだところじゃ、ここのところ東側はきな臭いってんで、離れる冒険者が増えてるそうです。一時は……その……金鉱だ何だと群がる連中が多かったそうですが、マーカスとのイザコザが表面化して以来、面倒事を避けて町を離れる冒険者や商人が多いとか」
「そのせいで東街道沿いの町は活気が無いのか」
……と合点しかけたクロウであったが、ここでペーターから訂正が入る。
「あ、いえ、元々王国の東部には、それほど栄えた町はありません。東側の国境を接しているのは仮想敵国ばかりですから。東街道も元々は軍の移動のために整備された街道です」
「うん? だったら、ニールが聞き込んできた、逃げ出した商人というのは何だ?」
「恐らくですが、グレゴーラムやニコーラムの連隊相手に商売をしていた連中じゃないでしょうか。国が任命した御用商人はさすがに逃げたりはしないでしょうが、小者の商人なら逃げ出しても不思議はありません」
「そんな小商人の動きまで喋ってくれたのか……聞き込みは首尾良くいったようだな」
「そりゃぁもう。ワイバーンの皮膜をちらつかせたら、蕩けんばかりの笑顔でしたね」
かなり踏み込んだ内容までも喋ってくれたのだという。
「で、聞き込んだ中にちょいと気になる事がありまして……」
「何だ?」
「へぃ……民衆の不安につけ込んで、ヤルタ教のやつらがのさばり始めているそうで」




