第百十七章 オドラント 5.眷属会議(その2)
『それでは、より重要な議題に移ろう。これもマリアが指摘してくれた問題点だ』
クロウはそう言うと、このところ前線での活動に目を奪われて、テオドラムという国全体への影響に目配りが不足しているのではないかというマリアの懸念を取り上げた。
『正直言って、テオドラム王国全体を見る視点は不足……というか、能力的に限界があったからな』
『抑、どうやったら知る事ができるんですか? 主様』
『それを考えていこうというのが今回のお題だな』
一同――マリアも含めて――はう~むと唸って考え込む。実力はともかく、所詮自分たちは小勢である。広大なテオドラム王国全体を見張る能力など持ち合わせていない。
『ますたぁ、エルフたちにぃ、頼むのはぁ?』
それなら人数の多いエルフや獣人に任せてはどうか。ライの提案は尤もなものであった。
『それも考えたが……亜人がテオドラムに潜入するのは難しいんじゃないかと思うぞ』
『難しい……だけでなく……危険でも……あります』
『テオドラム全体を探るとなると、一人や二人では足らぬでしょうからな』
他の国なら商人の動きや経済活動から推し測る事も可能だが、テオドラムは統制経済体制を敷いており、高額の商取引は大抵国が扱っている。国全体の経済状態ならともかく、国内のどこの町が反映しどこの町が凋落しているかというような情報は手に入りにくい。
『だからマリアは、冒険者ギルドに入るまで、ニルの状態に気が付かなかったんだよな?』
『えぇ……住民の生活自体が落ち込んでいるような感じはありませんでしたから』
『あれ? だったらマスター、冒険者の動きを調べれば良いんじゃないですか?』
『キーン……どうやって……それを……調べるの……ですか?』
『あちこちの冒険者ギルドを嗅ぎ廻っていれば、当然注意を引きますからな』
『いや……できるかもしれませんぜ?』
考えながらそう発言したニール――「流砂の迷宮」調査に挑んだ冒険者たちのリーダーで斥候職――に、全員の視線が集まる。
『何か考えがあるのか? ニール』
『考えってほどじゃありませんや。ヴィンシュタットの冒険者ギルドへ行って、どこの町が景気が良いかを訊きゃあ、教えてくれるんじゃねぇかと思いましてね』
各国の冒険者ギルドの本部――大抵はその国の首都にある――は、国内における冒険者の動きを把握するという名目で、各地の支部に所属・滞在している冒険者の人数を定期的に報告させており、その際には各支部における依頼の内容や達成率などのデータも集めているという。そこへ行って、どこの町が良い稼ぎ場なのかを訊けば、リアルタイムの情報ではないにせよ、大体のところは教えてもらえる筈だというのがニールの言い分であった。
『ふむ……だが、どういう理由で聞き出す? いや、急にその手の情報が必要になった理由をどう説明するかという事だが』
『何でもありませんや。最近こっちの国に来たばかりだって言やぁ良いんです』
『……俺は冒険者の事は能く知らんが……テオドラムは冒険者の稼ぎ場が少ないんじゃなかったのか? 何を目当てにやって来たと説明するつもりだ?』
『そいつも問題ありませんや。この国じゃ冒険者だけでなく、モンスターの素材も不足していやすからね。イラストリアで手に入れた素材を、高値で売るために持ち込んだって言やぁ良いんです』
かつてイラストリアの意を受けてこの国を訪れた冒険者が使ったのと同じ口実を、奇しくもニールが口にする。それを聞いてふむ、と考え込むクロウ。
『だが……魔物の素材はどこから調達する? ダンジョンモンスターを傷つけるのは……いや、ワイバーンの素材があったか』
クリスマスシティーが射殺した飛竜――元はテオドラム軍の飛竜部隊のものだが――の素材なら、使い所のない部位がだぶついている――骨はスケルトンワイバーンにしたため余っていないが。肉と内臓の幾らかはダンジョンモンスターたちの食用に回したが、残っているものも多い筈だ。
『皮膜と魔石でもありゃぁ御の字でさぁ』
『魔石ならいくらでも用意できるぞ?』
『あ……いえ……ご主人様がおつくりになる魔石は、ちぃと悪目立ちしますんで……』
やんわりと断られたクロウはしばし憮然とした面持ちだったが、やがて気を取り直したように話を続ける。
『だったら、そっちの方は場数を踏んでそうなニールに任せる。念のために、他にも調査の手段があれば検討しておきたいが?』
軽く咳払いして――本体が軽巡洋艦である事を考えるとかなり異様な感じだが――クロウの言葉に答えたのはクリスマスシティーであった。
『僭越ながら提督、赤外線写真は使えないでしょうか?』




