第百十七章 オドラント 3.マリア
ヴィンシュタットの冒険者たちがオドラントへやって来た一週間後、ニルの町の冒険者ギルドに一人の女性冒険者の姿があった。
「あんたか……かれこれ一年ぶりだな。マリアだったか?」
ギルドのマスターは、少しばかり懐かしそうな目でマリアを眺めた。あのすぐ後にシュレクのダンジョン化やらテオドラム軍二個大隊の消失やら、更には出所不明の砂糖やら「岩窟」の出現やら……果てはモルヴァニア・マーカスの二国と国境を挟んで緊張状態になっている。それが僅か一年間の事である。平和な一年前が懐かしい……。
思わず懐旧の念に浸りそうになるのを、頭を振って思い止まる。
「久し振り……って言いたいとこだけど、どうしたのよ、これ?」
マリアが視線をギルド内に巡らせながら問いかける。マリア以外の冒険者が一人もいない。以前来た時はここまで寂れてはいなかった筈だ。
「まぁな……栄枯盛衰ってやつだ。元々商人はここよりマルクトやグレゴーラムに集まっていたんだが、中央街道の安全性が疑われるようになってからは一層な……。それに、ピットの魔物が凶暴化して素材を得るのが難しくなってきたのは、あんたも知ってるだろう?」
「ヘルファイアリンクスね……忘れる訳が無いわよ」
「まぁ、そんなこんなでこの町を訪れる商人も冒険者も減っちまってな」
「あら? でも、町の方はそこまで寂れた感じはしなかったけど?」
「あぁ、この国じゃ食糧や日用品は国から支給されるからな。生活の方はそこまで逼迫しちゃぁいない」
「けど、町の活力が落ちているのは冒険者ギルドに表れる……って事ね。言いにくいけど……大丈夫なの、ここのギルド?」
「まぁ、色々と考えちゃぁいるんだがな……」
そう言って復興案を説明していくギルドマスター。それを聞いて納得するマリア。
(オドラントに冒険者たちがやって来たのはそれね……ニルとレンヴィルの間の安全確保かぁ……当然と言えば当然かしら)
「そう言うあんたはどっから来たんだ?」
「あぁ、あたしもヴィンシュタットからよ。ちょっとばかりイラストリアへ用があってね。中央街道だっけ? そこを通って来たんだけど、何も無かったわよ?」
「やっぱりか……」
「安全宣言でも出すの?」
「いや、まだだ。あと何回かは調査をしてからじゃねぇとな。軽々に安全宣言なんか出して万一の事があれば、今度こそニルは立ち上がれん」
(……て事は……まだあと何回か冒険者たちがやって来るって事よね……)
クロウのウンザリしたような顔が思い浮かんで笑いたくなったが、そういう場合じゃないかと気を引き締め直す。特にここのギルドマスターが考えている町興し策については、早々に伝えて対策を練る必要があるかもしれない。
いや……と、マリアは考え直す。
寧ろ、ニルの町が一年でここまで寂れた事の方が重要か? 中央街道の不振だけが原因ではない――ギルマスの言葉からすると主因ではないようだ――としても、クロウの暗躍が一つの町をここまで寂れさせたのは間違いない。その一方で、町の住民の生活はそこまで影響を受けていないのも事実だ。
シュレクにせよ「岩窟」にせよ、最前線での活動にばかり目がいって、テオドラムという国全体を見る機会が不足していたのではないか……?
(この事は是が非でもご主人様に伝える必要があるわね……)




