第百十七章 オドラント 2.助っ人
「ペーター、助っ人を連れて来たぞ」
転移して来たクロウがそう言って懐から取り出した従魔――正確にはまだ候補生――は二体。
一体は、ずんぐりした平べったい身体の表面を尖った突起が覆っている、荒れ地の地面とそっくりな色合いをしたトカゲ。
もう一体は、これも荒れ地の地面と似た色合いの体毛を持つ三つ目のネズミ。
どちらも小さな――掌に載る程度の生き物である。
「クロウ様……それが……?」
「おぅ、頼もしい助っ人だ。まだ名前は与えていないがな。こいつらなら、冒険者どもに気取られないように近付いて、さり気なく何かを聞き込む事も可能だろう」
最初は失望と脱力を感じたペーターであったが、確かにこのサイズと保護色なら、冒険者たちに気取られずに近付けるかもしれない。万一気取られても単なるトカゲとネズミであり、不審や警戒を抱かせる事は無いだろう。そう考えると最適なセレクトのようにも思えるし……何よりクロウの従魔候補だ。どうせただのトカゲやネズミではあるまい。
「それでは……?」
「あぁ。俺の転移を使って地表に送り出す……が、その前に……」
クロウはダンジョンマジックを駆使して、オドラントの地表――実はれっきとしたダンジョンの一部である――の形状をこっそりと少しだけ変えていく。地表に派遣する二体が万一の場合に逃げ込めるような、小さな空隙を幾つも追加しているのだ。危険な任務に送り出す以上、生還を期すために最大限の手段を講じる。クロウにとっては当たり前の事であった。
クロウの期待を受けて意気上がる二体は、しかしあくまで冷静に静かに冒険者たちの傍へ近付いて、会話の内容を聞き取ろうとする。元々擬態だの幻術だのに秀でた二体には、造作も無い事であった。
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「……どうだ、何か変わったところはあったか?」
「以前来た時はただ通り過ぎただけだったからな……変化と言われても、正直なところ能く判らんが……とりあえず不自然なところは無いようだな」
「こっちも同じだ。別におかしなところは無い」
オドラントを訪れたのは、王都ヴィンシュタットから中央街道を北上してきた冒険者たちである。彼らはニルの冒険者ギルドの要請を受けて、ニルとレンヴィルの間に危険なものがあるかどうかの確認に当たっているのだ。
「しかし……レンヴィルからここまで見てきた限りじゃ、何の変哲も無かったが……」
「けどよ、行方知れずになった部隊ってなぁ、この道を通ってたんだろう?」
「公式には認められていないが……多分な」
「そいつらが消えた原因があって然るべきだ……そう言いたいのか?」
「まぁな。何かある……かもしれないってんで、俺たちに調査の依頼が出されたんだろう?」
「ニルのギルドの思惑としちゃあ、何も無いって証明されてほしいところなんだろうがな」
「ただ、原因の方がいなくなったって可能性もあるぜ?」
「……ドラゴンか? シュレクに出たっていう?」
「スケルトンワイバーンの方かもしれんがな」
「シュレクのモンスターがこの辺りまで出張って来てるってのか?」
「手近のダンジョンと言えばピットの方なんだろうが……さすがにピットのモンスターが出張ってきたら、ニルの連中が気付くだろう。第一、あそこにゃドラゴンは出てねぇだろう?」
「以前とは様子が一変したらしいから、そう決めてかかるのは拙いだろうが……とはいえ、既にドラゴンとスケルトンワイバーンが確認されているシュレクが本命だろうな」
「しっかしよぉ……何でまたシュレクの化け物どもが、こんな所までやって来るんだ?」
「だから……それを探るのも任務のうちだ」
「だが、何の痕跡も無いぞ? 度々ここへ来ているのなら、それなりの痕跡が残っていてもおかしくないんだが……」
「……部隊は偶々ここを通りがかったドラゴンか何かに食われた可能性が高い……って事か?」
「勘違いするな。ドラゴン云々は想像に過ぎん。俺たちに報告できるのは、現在のところ危険な存在は確認されなかった事、巨大なモンスターが頻繁に中央街道を訪れている痕跡は確認できなかった事、それだけだ」
「ピットとシュレクでモンスターの往き来があるかも……って、これも根拠の無い想像に過ぎんか……」
「……おい、その想像とやらは引っ込めておけよ? 根拠を探しにピットへ行けなんて言われるなぁ御免だぜ?」
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二体の従魔(候補)が盗み聞きした内容は、そのままダンジョンマジックでクロウに伝えられる。本来はダンジョンマスターとダンジョンモンスターの間の連絡に使われるスキルだが、候補であっても伝達は可能なようだ。
「……ニルの冒険者ギルドは、一体何を画策している?」
まさか町興しの一環として、王都からニルに至る中央街道の安全性を確認しているとは思わない。
「調べてみるしかないか……」




