第百十六章 波紋 2.テオドラム
イラストリア王国で四人組が頭を捻っている頃、テオドラム王城の大会議室でも、憔悴した様子の国務卿たちが討議を続けていた。
「……とりあえず、他の領主どもへの根回しは済んだ。先代の馬鹿さっぷりが際立っていたから、思ったよりすんなりと承認されたのは幸いだった……」
「馬鹿にくっついて行った領軍はどうする?」
「あいつらも馬鹿には違いないが、逆に言えば面倒な事件を起こすほどの知恵は無い」
「知恵無きがゆえの面倒を引き起こすかもしれんぞ?」
「そうなったらそうなった時の事だ。ノーデン男爵領が国境線に、もっとはっきり言えばあのダンジョンに接している以上、領軍の弱体化は避けたい」
「しかし……ダンジョンマスターが投入した奇妙なゴーレムに、手も足も出なかったそうではないか」
ここで国務卿たちの視線は、件のゴーレムについての情報を一番握っていそうなレンバッハ軍務卿へと集中する。
「……諸君の期待を裏切って済まぬが、儂もそれほど多くを知っている訳ではないぞ?」
「だが、少しは報告がいっているのだろう? こちらは奇妙なゴーレムとしか報告を受けておらんのだ」
ふむ……と少しだけ頷いて、軍務卿は言葉少なに口を開く。
「クモのような形のゴーレムで、体長――脚の長さを除いた場合だな――は約一メートル。背中に背負った筒から炎を吹いたそうだ。軽快な動きで男爵軍の攻撃を捌き、無駄撃ちを避けて確実に焼き殺したとか」
「力攻めではなかったのだな?」
「力攻めではない。これまでのゴーレムとは違うな」
「男爵軍でなく、国軍だったら勝てるか?」
聞かれたレンバッハ軍務卿は、深い溜息を吐いた。
「その質問を恐れていたのだ。諸君らが期待している返答にはなるまいが……判らぬとしか言いようが無いな」
軍務卿は一旦言葉を切ると、居並ぶ諸卿を見回した。
「問題のゴーレムが単に火を吹くだけなら、射程距離さえ判れば対処はできる。問題の一つは、ゴーレムの武装が本当に火炎だけなのか判らない事だ」
軍務卿は再度言葉を切った。自分の言った単語がきちんと理解されているのかを確かめるかのように。
「解るかね? 『武装』と言ったのだ。問題のゴーレムの形状を聞くと、固有の能力というよりは、増設された兵装のような気がするのだよ」
「それは、つまり……」
「つまり、この次に現れるゴーレムも同じように火を吹く、とは限らぬという事だ。次回のゴーレムは水弾を操るかもしれんし、風魔法や土魔法を使うかもしれん。兵装の種類と威力が判らん以上、勝敗を論じる事などできん」
深刻な顔つきで考え込む一同であったが、その中にあってラクスマン農務卿だけは、まっすぐに軍務卿を見据えて問いを発した。
「先程『問題の一つ』と言ったな。二つ目は何だね?」
農務卿の発言を聞いてギョッとした様子の国務卿たち。しかし、軍務卿は寧ろ、我が意を得たりという様子で頷いている。
「ちゃんと聞いていてもらえると嬉しいものだな。……二つ目だが、問題のゴーレムが突如として戦場に出現したという事だ」
「……以前にも似たような話を聞いた憶えがあるな。シュレクのダンジョンだったか?」
「その通り。あそこのスケルトンワイバーンだ」
二人の会話を凍り付いたような表情で聞いている他の面々。
「……待ってくれ……。では、あの『岩窟』は、『廃坑』と同じダンジョンマスターが……」
「とは限らん。ダンジョンマスターという者は、並べて同じ能力を持っているのかもしれん」
総毛立つような台詞を無情に吐き捨てる農務卿。その台詞を聞いて凍り付いた様子の一同を横目に見ながら、軍務卿が話を纏める。
「注意すべきは、シュレクの『廃坑』と国境線の『岩窟』のいずれもが、モンスターを自在に顕現させる能力を持つという事だ。両者が同じ一味なのかどうかは、この際問題ではない」
気の滅入るような話を聞かされて憔悴ぶりに拍車がかかった一同。その様子を眺めながら、怖ず怖ずと話を切り出す財務卿。
「このような時にこの話を持ち出すのは気が引けるのだが……」
ファビク財務卿の不吉な台詞にげんなりとした様子を隠さない一同。
「まだ何かあったのか?」
「うむ……貨幣改鋳の件だ」
「あぁ……それもあったか……」
「だが、改鋳自体は済んでいるのではなかったか?」
「済んでいる。問題は、新貨幣への切り替えをいつにするかという事なのだ」
山積みの問題にウンザリした様子の面々だが、これも無視する訳にはいかない案件である。
「……どうあっても年内は無理だぞ?」
「……そうだな。こんな話を奏上しただけで、陛下は心労で倒れかねん」
メルカ内務卿の否定の言葉に農務卿も同意する。
「……解った。この件は来年になってから再び検討するとしよう」
「財務の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫でなくとも、何とかするしかあるまいよ」




