第百十六章 波紋 1.イラストリア
イラストリア王城の国王執務室では、今日も今日とていつもの四人が頭を寄せ集めていた。本日のお題は「災厄の岩窟」。正確には、ノーデン男爵の暴走に対して「岩山」すなわちⅩが示した対応についてである。
「……その妙なゴーレムとやらは、ノーデン男爵の兵のみを攻撃し、マーカスの兵には手を出さなんだというのじゃな?」
「確かに、結果だけ見りゃそうなりますがね、どうも馬鹿男爵の方からⅩにコナかけたらしいんで……マーカスの方は賢明にも手出しを控えたらしいんですな、これが」
「マーカス側は予め国王府の方で対応策を詰めておいたようです。基本的にはⅩに――彼らの視点ではダンジョンマスターに――手を出さないという方針だったようですね」
「連中にしてみりゃ岩山なんぞに固執する理由は無ぇ訳で、だからすんなりと兵を引いたようですな」
マーカス側から流れてきた情報と、密かに派遣した監視役――の冒険者――が送って寄越した情報を纏めて宰相に報告しているのは、ローバー将軍とウォーレン卿の二人である。
「ふむ……とすると、Ⅹの方からノーデン男爵に攻撃を仕掛けたという訳ではないのか?」
「どっちかってぇと、Ⅹが手を出すより早く馬鹿男爵が突っ掛かっただけじゃねぇかと思いますがね。まぁ、結果的にはそう言うこってす」
「実際に突っ掛かっていったのは、馬鹿男爵の馬鹿息子のようですが」
マーカス側の情報と監視役の冒険者からの情報で、イラストリア側はかなりな精度で事態の動きを掴んでいた。
「寧ろ我々が気にするべきは、Ⅹが事態に介入したタイミングではないかと思います」
「タイミングだぁ?」
「どういう事かの、ウォーレン卿?」
三対の眼がウォーレン卿に注がれるが、卿はそれを気にするでもなく、考え考え口を開いた。
「ノーデン男爵が岩山の一つを占領した時点では、Ⅹは動いていません。……事態の急展開に追いつけなかった可能性はありますが」
「……かもしれんな。実際、儂も何が起きたのか、何のつもりで馬鹿男爵が動いたのか、すぐには解らんかった」
「自分も背後関係を確認するのに時間を取られましたから……続けます。次にマーカス側が隣の岩山を占領した訳ですが、この時もⅩは動いていません」
「保障占領か……確かに巧い手ではあったな。あれでテオドラムも動かざるを得ん、そう思うたのじゃが……」
「テオドラムよりも先に馬鹿が暴発しましたからな。だが、確かにどちらの占領行動に対しても、Ⅹのやつぁ動かなかったな」
「はい。Ⅹがあの奇妙なゴーレムを投入したのは、マーカス軍と男爵軍の戦闘が始まってからです。つまり……」
「Ⅹが気にしているのは、実際の戦闘行動、って事か……」
「自分の縄張りで騒ぎを起こすのは認めない、そういう意思表示でしょう」
ウォーレン卿の指摘を受けて、ふむと考え込む一同。
「……解んねぇな……Ⅹのやつぁ、何でまたそんな行動をとる?」
「魔族らしからぬ行動ではあるのぅ……」
この世界の魔族というものは、名前から想像されるような悪魔の使徒というような邪悪な存在ではない。単に見た目が悪魔っぽいというから魔族と呼ばれているのだが……その精神構造や社会構造が、人間のそれとはかなり違っているのも事実である。
エルフや獣人などの所謂亜人より精霊寄りで、魔素の多い場所を好む。生まれつき強い魔力を持ち、身体能力にも優れている。ただし、個人主義の傾向が強く、大規模な社会をつくらない。長命だが成熟にも相応の時間がかかるため、子供の時代も長い。外見十歳、実年齢三十歳なんてのもざらにいる。そのせいで、見かけよりも――というか、人間の視点で判断するよりも子供っぽい反応をする事も多い。山林を伐り開いて魔素の少ない農耕地へ変える人間の事を快く思っていないが、組織立って人間に敵対した事は無い。
精神構造も人間や亜人とは異なっており、一言で云えば享楽的である。面白ければ正義とでも言いそうな連中だから、彼らが国境にダンジョンを造ったとしたら、二国間の緊張と対立を煽る事はあっても、戦闘を妨げるような真似はしない筈だ……。
「戦闘を妨げるような真似をするくらいなら、なぜ態々国境線上にダンジョンなぞ造った?」
マッチポンプのような真似をした理由が解らぬとぼやく国王に、他の三人も同意する。結果的には国境紛争を鎮めるような事になったが、平和的な解決とは言い難いし、何よりⅩがそんな善意で動くようなタマだとは思えない。
「結果だけ見りゃあ国境紛争に収拾がついた形なんだが……」
「無用な戦乱を収めるためにあのような真似をした……とは思えぬが」
散々首を捻っている三人に向けて、ウォーレン卿はもう一つの可能性を口にする。
「可能性はもう一つあります」
「何だと?」
「一連の騒ぎの結果、テオドラムもマーカスも、軍勢を国境付近に張り付けざるを得なくなりました」




