第百十五章 能天男爵 4.ドタバタ騒ぎ(その1)
マーカスが行なった岩山の占領――一種の保障占領――という一手は、見事にテオドラムの急所を衝いた。お手並み拝見とばかりに高みの見物に廻っていたテオドラムは、投げ返されたボールを再び投げ返す必要に迫られたのである。
マーカスめ、上手い手を打ったなと感心していた周辺各国であったが、感心していない者が一人いた。誰あろう、マーカスに出し抜かれた――注.男爵視点――形のノーデン男爵である。
「糞っっ! マーカスのやつら、小汚いペテンを……儂をここに釘付けにしておいて、本命は自分たちで独占する腹か!」
――言いがかりである。
「こうしてはおれん! 直ちに転進して金鉱を確保するのだ!」
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『クロウ様、能天男爵が兵を率いて隣の岩山に吶喊するもようです』
『……は?』
「何だと!?」
ポカンとしたクロウとは対照的に、信じられないという表情のペーター・ミュンヒハウゼン元将軍。
「何を取り乱している、ペーター?」
「も、申し訳ありません。ただ……その……余りにも無茶な行動なもので……」
「? 説明しろ」
「は、実は……」
ペーターの説明によれば、最初に男爵が占領した岩山は男爵の領地に接しているので、ここへの出兵は――条約違反には違いないものの――まだ納得はできるらしい。しかし、その隣の岩山は明らかに自分の領地の外にあり……早い話が自国内の他領とマーカス、二重の意味での領土侵犯になるとの事であった。
「……ペーター、まさかと思うが……テオドラムの貴族は皆あんなのじゃあるまいな?」
「いえ……さすがにアレは特別です……その筈です……」
『クロウ様、それよりもこのままでは、男爵軍とマーカス軍が交戦する事になりますが?』
『あいつら……俺が何のために態々国境線上にダンジョンを造ったと思ってるんだ……』
――ダンジョンを造ったのは暇潰し、国境線上に造ったのは嫌がらせである。
ただし、その嫌がらせは二国が国境を侵犯しないという前提の下に成り立っているので、クロウの忿懣も故無き事ではない。第一、岩山が国境線上に並んでいるから意味があるのであって、国境と離れた位置に無意味に整列しているなど、時代に取り残された感じがして滑稽でしかないではないか。
『これ以上舐めた真似をさせておけるか。ケル、メジャータイプの出動準備だ』
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「隊長! 男爵軍らしき連中が突っ込んで来ます!」
何しろ馬鹿が相手だからひょっとしたらあるかも知れないと言われてはいたが、まさか本当にそんな事があるとは思っていなかった事態……すなわち、ノーデン男爵軍との交戦が現実になりそうな気配に、保障占領部隊の指揮官は頭を抱えた。
「あの男爵とやらは情勢が見えていないのか……?」
愚痴っていても始まらない。男爵軍は国際情勢の事など、もっと言えばテオドラム上層部の思惑など知ったこっちゃないと言わんばかりに、殺意満々で突っ込んで来る。説得や話し合いが通じそうな雰囲気ではない。
「やむを得ん。各自戦闘準備! この岩山を明け渡す訳にはいかん!」
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「馬鹿な! ノーデン男爵がマーカス軍に突っ込んで行っただと!?」
火急の報せを受けたテオドラム王城でも、国務卿たちが頭を抱えていた。
「あの慾惚け親爺め……情勢というものが見えておらんのか……」
「どう始末を付ける?」
「もはや男爵が勝とうが負けようが関係無い! 切る!」
「息子の方はまともなのか? 同行しているようだが」
「駄目だ。親爺の薫陶よろしく、男爵と好い勝負の愚物だ」
「なら……事のついでに親爺もろとも退場してもらうか」
「ただ、一人だけいる甥の方はまともだという話だ。男爵領は彼に継いでもらおう」
話にけりが付きそうになったところで、ジルカ軍需卿が思い出したように口を開く。
「待ってくれ……ついぞ忘れておったが、ダンジョンの探索を命じていた者たちはどうする?」
「あ……」
「むぅ……それがあったな……」
「今は事態がどう転ぶか判らん。残念だが探索は一時中断とするしかあるまい」
「くそっ……あの馬鹿男爵め……いっそ反逆罪で引っ括れんものか」
「それは諦めろ。そうそう表沙汰にはできんのだ」
「だが、しっかりと責任はとってもらうさ」




