第百十五章 能天男爵 3.マーカスの応手
能天男爵の行動に当惑していたマーカスであったが、とりあえずこのままにしておくのは宜しくないという事で衆議一決に及んだ……のは良かったが、では具体的にどうすると言われると、名案が浮かんでこないのが現状である。
「確認しておくが、テオドラムに回収させるというのは拙いのだな?」
「うむ。本音を言えばそれが一番だと思うが、それをやると形の上では、我が国に他国の軍隊を引き入れる事になる。況して相手はテオドラムだ。物議を醸す事になるのが目に見えている」
「となると……こっちで何とかするしか無いのか……」
「冒険者ギルドに依頼を出すという話はどうなったのだ?」
「先程こっそりと打診してみたんだが、しっかりとした法的根拠、もしくは万一の場合の確たる保証がないと受けられんそうだ。まぁ、当然だな」
「火中の栗を拾わせようというのだからな……無理もない」
「……感心している場合か」
「大っぴらに潰すというのは、拙い……のか?」
「それなんだよなぁ……そうしたところでテオドラムも文句は言わんと思うんだが……」
「しかし、あんなんでもテオドラムの貴族だぞ?」
「それが問題だ。同じようなレベルの貴族が他にいないとは限らん」
「テオドラム上層部としては穏便に収めたくとも……」
「空気の読めぬ馬鹿が騒ぎ立てる可能性がある訳か……」
テオドラム貴族の知的レベル――あるいは政治的センス――が今一つ把握できないマーカスとしては、迂闊な藪は突きたくないのが本音である。両国とも騒ぎになるのを望まないのに、馬鹿が騒いで火種をばら撒くような事になると面倒なのだ。
「……とすると、暗殺しかないんじゃないか?」
「暗殺といっても……あの場所でか?」
「四方八方から丸見えだぞ?」
能天男爵がやらかしてくれたお蔭で、今や各国の視線は件の岩山――喜劇の舞台扱いだと思うが――に向いている。仮にマーカスが刺客を放っても、各国は見て見ぬ振りをしてくれるとは思うが……喜劇の片棒を担ぐのは何か嫌だ。同情の対象や笑いものになるのは、国としては御免被りたい。
「いっその事、ダンジョンマスターに処分を頼めんものかな……」
そんな泣き言まで大真面目に飛び出した。
しかし、何が幸いするか判らないもので、ダンジョンマスターという単語から一つのアイデア――あるいは懸念――を思いついた者がいた。
「ダンジョンと言えば……あの岩山に金鉱が見つからなかったら、あの馬鹿男爵はどうすると思う?」
「どうするって……どうするんだ?」
「いやな、ひょっとしてだが、隣の岩山に突撃したりはせぬかと思ってな」
余りにも馬鹿らしい指摘であったが、現実に馬鹿がいる事を考えると、ある意味で現実的な指摘でもある。思わずウ~ムと唸って考え込む一同。
「……そういう事を言い出すからには、何か腹案があるのだろうな?」
「何、そういう場合に備えて、こちらが先んじて岩山を占拠してはどうかと思ってな」
これまたあまりな発案に、呆気にとられた一同であったが……
「……成る程、こちらが岩山を占拠するのは、馬鹿男爵の行動に対するものだから、批判される謂われは無い。しかしテオドラムとしては、一応自国領になるのだから看過はできぬ……」
「嫌々ながらも腰を上げざるを得ぬ訳か……」
斯くして事態は――当事者の立場から見れば理解はできるものの――グダグダの泥仕合の様相を呈し始めたのである。




