第百十五章 能天男爵 1.喜劇の開幕
その日、再び早朝から鳳眠を破られたテオドラム王は迷惑そうな――それでいてどことなく諦めの混じった――声で仔細を訊ねた。
答えを聞いた時には王の目はこれ以上ないほど見開かれ、即座の緊急国務会議招集を命じていた。
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「何という事をしでかしてくれたのだ……」
地の底――既に腹の底などという段階ではない――から絞り出すような怨嗟の声がどこからともなく上がり、その他の呻き声がこれに同意を表する。
「ノーデン男爵がマーカス領内へ侵攻しただと……?」
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事態の推移を追うと以下のようになる。
国境線上に新たな岩山が追加されたと大騒ぎになったのが三日前。この時は国境線に沿って南北に――現地駐屯部隊の感覚では左右に――それぞれ二個の岩山が追加された。これを巡ってテオドラム・マーカス両国がてんやわんやの大騒ぎになった事は既に述べた。
話がここまでで終わっていたらまだマシだったのだが、やる時には徹底的にやるのがクロウのスタンスである。この時も三日後に更に新たな岩山を追加してのけたのだ。さすがに岩山の追加はクロウの馬鹿魔力をもってしても難事だったとみえて、連日の追加にはならなかったのだが、寧ろ連日の追加であった方が、両国とも警戒を解かずにいただけマシな展開になったろう。よもや再度の追加はあるまいと気を緩めた隙に、岩山が追加されたのだ。
問題なのは、気を緩めなかった者がテオドラムにいた事と、その者がとった行動にあった。
虎視眈々と機会を狙っていた地方領主の一人が、岩山再出現の報を聞くやいなや間髪入れずに出撃し、問題の岩山を占領してしまったのである――岩山の半分はマーカス領内にあるにも拘わらず。
明確な侵略行為であった。
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「ノーデン男爵。以前から考え無しの行動が取り沙汰されていた地方領主です。強欲という評判でしたから、金鉱欲しさに岩山を占領したんじゃないでしょうか」
(能天男爵だと……? また、言い得て妙な名前だな……)
難しい顔付きで説明したのは、オドラントの留守居部隊を束ねるペーター・ミュンヒハウゼン――生前はテオドラムの貴族にして、将来を嘱望されていた将軍である。対して、内心で呆れたような感想を漏らしたのはクロウであった。
『あれ? でも、マスター、アレって、ただの岩山ですよね?』
不審そうな声を上げたのはキーン。緊急事態発生の報を受けて、クロウと共に「災厄の岩窟」のコアルームに――他の眷属共々――転移してきている。
『上から下までただの岩山だな。金鉱石なんかあるもんか』
『そういたしますと……』
『欲の皮の突っ張った馬鹿が、無駄足を踏んだだけだな……俺たちから見れば』
「しかし、国としてはそうも言っていられません」
『確かに……ぺーター将軍の……言うとおり……岩山一つと……言っても……明確な……侵略行為です』
『ますたぁ、これってぇ、どぅなるんですぅ?』
眷属たちは口々に今後の展開を懸念するが、クロウにしてもここまで馬鹿をやる者がいるとは考えもしなかった。
『判らんな……ここまでややこしい事になるとは、さすがに想定外だ……』
そしてクロウの感想は、テオドラム・マーカスを始めとした諸国の指導部と共通していたのである。




