第百十四章 「災厄の岩窟」 3.増殖する岩山
その日、テオドラムとマーカスの上層部は、国境線からのヒステリックな連絡に安眠を破られる事になった。
「国境線の岩山が増えました!」
普通に考えれば意味の通らない報告であるが、あそこではダンジョンの出現この方、意味の通らない事ばかり起きているのだ。増えたというなら増えたんだろう。
テオドラム国王は不機嫌と諦めと悟りの混じった――驚きなどは既に無い――表情で、ただ端的に命じた。
「詳細を」
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一時間後、ヴィンシュタット城の会議室に参集した国務卿たちは――会議を招集した国王と共に――揃って頭を抱えていた。
「まったく……『災厄の岩窟』とは、よくも名付けたものだ……」
「面倒ばかり、それも斜め上の方向に厄介な面倒ばかりを引き起こしてくれる……」
「何でまた……岩山が増えたりするのだ……」
前線部隊からもたらされた報告は、国境線に沿って立ち並ぶ岩山の数が増えたというものであった。部隊が駐屯している中央部ではなく、ずっと離れた岩山列の端の方で増殖したため、すぐには気付かなかったらしい。早朝の巡視に向かったテオドラム兵とマーカス兵――抜け駆けを警戒して、両国の兵士がうち揃って……というか誘い合わせて、巡視に出かけるのが慣例になっている――が、昨日よりも巡視に時間がかかっているのに気が付いて、改めて数を数え直して発覚したという。彼らの弁明によれば、寸分違わぬ様子の岩山であったのと、まさか岩山が増えるなどとは予想もしていなかった――普通は予想しない――ために、気付くのが少し遅れたのだそうだ。
新たに追加された岩山は左右に二個ずつ。他の岩山と同じ間隔で、しかも同じような形状のものが並んでいる。その様子は昨日や今日新たに追加されたのだとは思えない、最初からあったような気がするとまで前線部隊に言わしめている。
「城砦の配置としては、寧ろ今の方が理に適っているな……」
「我が軍でもこのような要害を造りたいものですね……」
そんな会話が、テオドラムとマーカスの前線部隊それぞれで交わされたという。
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『それで……? クロウよ、説明してくれんか?』
疲れたような諦めたような声でクロウに説明を要求しているのは精霊樹の爺さまである。対するクロウは開き直ったような声音で説明する。
『なに、テオドラムとマーカスが、何をとち狂ったのかしらんが互いに兵力を増強して、国境付近がきな臭くなってきたからな。戦域を広げて戦力を稀釈してやろうと考えただけだ』
一応、理には適っている……のか?
確かに部隊の担当域――ここでは地下にダンジョンが拡がっていると推定される範囲――を広げてやれば、警戒・巡視する範囲も拡がらざるを得ない。今のままの哨戒密度を維持するためには兵力を追加せざるを得ず、その分は正面で睨み合っている部隊から引き抜かれて、国境線の圧力は下がるだろう。
『更に兵力が追加されるとは考えんのか?』
『どちらの国も、そうそう兵力に余裕がある訳じゃあるまい? 特にテオドラムの方は、あれやこれやで予備兵力は涸渇気味の筈だ。これ以上の追加は難しいだろうと踏んだんだが?』
クロウの推測はほぼ正解である。厳密に言えば、テオドラムには純然たる予備戦力として「梟」連隊が控えているのだが、今の状況でこれを動かす訳にはいかないため、事実上の戦力涸渇に近い状況にあった。
状況はマーカスにしても似たようなものである。テオドラムほど兵力が逼迫している訳ではないし、騎兵主体のマーカス軍は配置転換も急速にできるが、何が起きているのか全く解らない状況でこれ以上部隊を動かす事はできない。事態が不可解なのはテオドラム以上なのだ。
『予備兵力が不足気味で事態がどう転ぶか判らん状況では、ダンジョン探査に多くの人数を割く訳にもいくまい。国境線で活動する兵力を戻したいなら、岩窟内で活動している兵士から抽出するしかない。岩窟内に入り込む人数が減れば、現在のトラップは有効に働く。収益性も改善されるって寸法だ』
『さすがです、クロウ様』
得意気な様子のクロウも眷属たちも失念していた事がある。岩窟に目を向けているのは、王国だけではなかったのだ。




