第十二章 ヴァザーリ伯爵領 5.主攻部隊
エルフと獣人による奴隷解放戦の様子です。
シルヴァの森のエルフたちと、彼らからの知らせに応じて馳せ参じた獣人たちは、奴隷市の会場近くに設置された仮設の収容所が見える位置に、三々五々潜んでいた。
「エルフよ、本当に領主軍の足止めができるのか」
「精霊術師殿を信じる事だ。あの御方は先のバレン戦でもどえらい手並みを示されたからな」
「その話は聞いているが……正直、信じがたいんだが……」
「やめろ、フック、精霊術師が成功しようと失敗しようと、ここまで来た以上やる事は変わらん」
「そういう事……おいっ! 火の手が上がったぞ!」
「あっちにもだ!」
「これは……町は大混乱だぞ」
「すぐに殴り込もう!」
「駄目だ! 精霊術師殿は幾重にも罠を張っておいでだ。早まると全てが台無しになる!」
「しかし!……」
「なぁ、領主館の方で何か騒いでるように見えるんだが……」
隠れ潜んでいる筈の連中が、息を潜めるのも忘れて喧々囂々の言い争いを始めそうになった時、いいタイミングで伝令のエルフがやって来る。
「精霊術師殿からのご命令だ! 直ちに解放作戦を実施せよ!」
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ぎりぎりまで引き絞られた弓弦から一気に矢が離れて行くように、溜まり溜まった恨み辛み鬱憤のあれこれを一気に晴らすべく、エルフと獣人の混成部隊が吶喊して行く。ある者は恨み重なる奴隷商人を討つべく宿泊所に、ある者は同胞を解放すべく収容所に、手に手に武器を取り、魔法を放ち、阿鼻叫喚の巷へとなだれ込んで行く。
奴隷商人側は完全に不意をつかれた。まさかヴァザーリの町を亜人たちが襲撃するとは予想してもいなかったためである。奴隷商人たちも無策ではない。襲撃があるとすれば町の手前と思い、それぞれに護衛を雇っていた。しかし、無事ヴァザーリの町に入った事で護衛契約は終了、報酬を得た護衛たちは酒場や色街にしけ込んでいる。奴隷商人を守る者は少なかった。
収容所を守っていた者たちも不意をつかれた。彼らは元々奴隷を盗み出そうとする不心得者に対する警備、あるいは威嚇のために配置されており、今回のような大規模な軍事作戦は想定していなかった。それ以前に、町の放火騒ぎで少なからぬ人数が様子を見に行っており、残っていた僅かな手勢も亜人たちによって無力化されていく。
奴隷たちは奴隷魔術によって束縛されていた。逃亡しようとすると魔術が発動し、酷い場合には死に至る。この奴隷魔術あればこそ、奴隷商人も安心していたのである。しかし、魔術に長けたエルフたちにとって、奴隷魔術の解呪など造作もなかった。暗闇と混乱の中、一々相手を確かめもせずに手当たり次第に解呪を行ない、解放した奴隷を引き連れて脱出する。
町を遠く離れて安全圏に逃げ込むまでは、点呼を取る暇すらなかった。
だから、連れて来た奴隷の中に何者がいたのか、気にする暇もなかった。
「……人間の、子供?……」
例によって、話が妙な方向に転がり始めたようです。




