第百十三章 マーカス 2.国境監視部隊(その2)
監視部隊の副官は、自分が感じている違和感について述べる。
「理由は判りませんが、テオドラムの連中が既知の金鉱に目もくれない――実際に金鉱石を運び出していない――のは、それ以上に価値あるものの存在を確信しているからだと思われます」
「そうだな……妥当な推測だと思う」
「そうまで強く確信している以上、場所についてもある程度の見当が付いている筈です。そしてその確信があの冒険者の屍体から得られた情報に基づいているなら、言い換えれば冒険者の屍体から何かの手掛かりを得たのなら、それはあの冒険者が屍体となって見つかるまでの六日の間に往復できた範囲内にある筈です」
ここで副官は一旦言葉を切って上官の方を見つめた。
「テオドラムの連中が兵を増員して本格的なダンジョン攻略を始めてから今日で六日、まだ目当てのものを見つけた様子はありません。ですが……」
副官の疑問の続きをファイドル代将が代弁する。
「……テオドラムの連中は一向に焦った様子が無い……」
ここで代将にも、副官が感じている違和感の事が飲み込めた。漠然としてはいるが、確かに何かがおかしい。
テオドラムの連中が既知の金鉱に目もくれない以上、彼らが求めているのはそれ以上に価値のあるものだろう。この前提には誤りは無い筈。なのに、六日を経て何も得た様子が無いにも拘わらず、焦りが見えないのはどういう訳だ?
六日という日数が誤っているのか? しかし、冒険者の屍体から情報を得たのなら、冒険者が生前到達できた距離、日数にして最大六日間の距離というのは動かせない。では、冒険者から情報を得たという推定が間違っているのか?
「しかし、テオドラムが動いたタイミングを考えると、あの冒険者の屍体が切っ掛けだったとしか思えません。他に切っ掛けらしきものは無いのですから。そうすると残る可能性は……」
珍しく口籠もった副官に対して、少し苛ついた様子の代将が話の続きを促す。ここまで引っ張ってきて黙りという事は無いだろう。
「残る可能性は何だ?」
「……ダンジョンマスターが仕掛けたペテンではないかと……」
「ペテンだぁ!?」
思いも掛けない言葉を聞いて素っ頓狂な声を上げたファイドル代将であったが、先程誑かし云々と言ったのが他ならぬ自分自身であった事を思い出す。深く考えずに口走っただけだが、意外にも正鵠を射ていたというのか……?
「……悪かった。続けてくれ」
「はい。ペテンという言葉が言い過ぎなら、ダンジョンマスターのメッセージと言っても良いでしょうか。要は、ダンジョンマスターが何かの情報を意図的に残して置いた可能性です」
無論、実際のところは違う。
クロウが深く考えずに残して置いた化石と鱗が、思いがけなく重要なものと誤解されただけである。
テオドラムはテオドラムで、水と石炭の可能性に舞い上がって、日数の事にまで考えが及んでいなかっただけなのだが、端からはそんな楽屋裏の事までは判らない。
「……ダンジョンマスターの仕掛けたペテンがテオドラムを動かしたとしますと、六日という日数などは当てになりません。となると、テオドラムの動きを推し測ろうとするなら、何が連中をそこまで惹き付けたのかという話に辿り着きます……というか、他に着目すべき点を思い付けません」
「ふむ……連中が、金鉱石を放り出してまで欲しがるものか……」
「そしてそれは、冒険者の屍体に手掛かりを残すものでなくてはなりません」
副官の言葉に代将は考え込む。どうにも漠然とし過ぎていて、捉え所が無い。しかし、最初に考えていたような黄金ではないような気がする……
「黄金でないとしたら何だ?」
「思うに、水ではないかと」
「水だと?」
副官の答えはまたしても代将の意表を衝いた。




