挿 話 ビール狂躁曲~もう一つの冷却技術~
「硝石じゃと?」
「うむ。儂もそういう石があると耳にした事はあったが……その性質までは知らなんだ」
「お主でさえ知らなんだ事を知っているとは……噂の御仁は大した傑物のようじゃな……」
自宅で声を潜めて――声の大きさはドワーフ基準――話しているのはドワーフのギブソンとボックである。ドワーフたちの総意として亜人連絡会議に問い合わせていた内容――魔力を使わぬ冷却技術の有無について――に対する回答が、硝石の溶解熱を利用した冷却技術の存在であった。厳密に言えば酒精の気化熱を利用した冷却法についても教えられたのだが、酒精を浪費する方法など問題外として一蹴されていた。
「その、硝石とやらを水に溶かすだけで……その、ナニするのか?」
「会議からの回答ではそうなっておる。が、まだ試してはおらん。抑じゃ、この国にその硝石とやらがあるのかどうかは未確認だそうじゃ」
「何と……そこから始めねばならんのか……」
「何でも硝石というのは色々な事に利用できるそうじゃが、その色々については決して探ろうとするなと、真剣な口調で釘を刺されたらしい。この件を酒造ギルドに漏らすなとも言われたと」
「ふむ?」
「ま、儂らとしては……使えるというだけで充分じゃが……問題はのぅ……」
難しい顔付きで考え込む呑み友達を不思議そうに見るボック。その視線に気付いたギブソンが理由を説明する。
「いや……連絡会議からは、硝石を得易い場所についても教えてもらったそうなんじゃが……」
「結構な話ではないか。何を躊躇っておるんじゃ?」
「いや……その場所というのがな……便所や肥溜めの傍だと言うんじゃ」
「…………」
「ビールをアレするのに使うとしたら、考えものじゃろう?」
「…………」
「その周りの土から取り出す方法もあると言うんじゃが……臭いが酷いそうじゃ」
「…………」
「海鳥などの糞が長年溜まりに溜まった場所などで採れる事もあるそうじゃ。肥料として使われる事もあるとかで、そっち方面から手繰る事もやっておるらしい。……聞いておるのか? ボック」
「あ……す、済まん。つい……その……な」
「まぁ、気持ちは解る。最初に聞いた時には、儂も似たようなものじゃった」
友人の反応も無理からぬ事だと理解できる。ひょっとしたら、ドワーフに突き付けられたうちで最も難しい、ある意味で究極の二択かもしれぬ。
「儂らの上層部はどうするつもりなんじゃろう?」
ドワーフたちに限らず、エルフにはエルフの、獣人には獣人の連絡会議のような組織がある。亜人連絡会議はそれらの各組織を統合した上位組織なのだ。ドワーフたちの連絡会議ではこの問題をどう扱うつもりなのか。ボックはその事が気になっていた。
「さっきも言ったが、上層部の方では肥料という方面から探っておるようじゃ。便所や肥溜めより少しはましだという判断じゃろう」
「儂もそれには賛成するが……儂らがいきなり肥料など探し出したら人目を引くのではないか?」
「じゃと言うて、便所を漁ったりすればもっと人目を引くぞ?」
「それは……そうじゃな」
「一応、農業に携わっておる仲間を表に立てて捜しておるらしい。上もその辺は気付いておるのじゃろうよ」
「ふむ……それならこの際じゃ、儂らも花造りでも始めるか? 目眩ましは多い方が良いじゃろ」
「おぉ……それは名案かもしれん……」
斯くして、一部のドワーフたちの間で園芸熱が流行る事になったのだが、それは別の話である。




