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第百十一章 「災厄の岩窟」 6.眷属会議(その4)

 エメンは当時の事を思い返していた。


〝コストは気にするな。納得のいくものを作れ〟


 クロウのこの台詞(せりふ)が、エメンの魂の奥底に眠っていた匠の心を揺さぶり、奮い立たせる事になった。生前最後の仕事となったシャルドの古代金貨――の贋金――の出来具合に納得がいかなかったエメンにとって、クロウが与えてくれた贋金貨造りの仕事はリベンジの好機に他ならなかった。エメンはこの仕事に思う存分――その趣味と技倆の全てを――注ぎ込んだのである。その結果出来上がったものは、まさしく歴史の捏造という大仕事に相応(ふさわ)しい代物であった。


 エメンが最初に取りかかったのは、金貨に刻印されている文字であった。具体的に言うと、「ミドの国」があったとされている地域の古代文字で「ミド」と綴り、その文字を――元の文字との類似点を残しつつ――アレンジして、実在しない古代文字をでっち上げたのである。元々の字が「ミド」と綴ってあるため、でっち上げた古代文字を――既知の古代文字との類似を手がかりに――解読したものも当然「ミド」と読める。普通の贋金ならここまで凝った事はやらないのだが、クロウたちが生み出したシャルド遺跡を手本と(あお)ぐエメンにとっては、(むし)ろ当然の発想である。まして今回はクロウ直々の、思う存分やれ、との(げん)()を貰っているのだ。エメンが張り切ったのも無理のないところであった。


 必要以上に技巧に走らず、素朴な中にも重厚さを交えた意匠を工夫した後で、いよいよ実際の鋳造に入る。ここでもわざわざ損耗の度合いが違う幾つかの型を造って、できあがったものを更に(きず)と汚れを付けるという念の入れようである。それに加えて、クロウが「エイジング」の錬金術までかけているのだ。これまでに造られた贋金貨の最高傑作であると、エメンが自信満々に言い切るのも道理である。



「……そうやって出来上がったのが、これか……」



 クロウの目の前に置かれた金貨は、どこから見ても(まご)う方無き古代金貨であった――そうとしか思えなかった。イミテーションにありがちな薄っぺらい感じは無く、歴史の重みというものをしっかりと感じさせる。亡びた国の怨念すら取り憑いていそうである。



「一世一代の出来映えってやつでさぁ」

「確かに……」



 昂然(こうぜん)と胸を張るエメン、天を仰ぐダバル、頭を抱え込むペーター、溜息を()く爺さま……そして感心しつつも複雑な表情のクロウ。


 従魔たちはワクワクした視線を向けている。



「しかし……こうなると、万が一にも贋物とばれた時が恐いな……」

「へぇ?」



 不審そうな表情のエメンに、クロウは苦笑いしながら答える。



「そう不満そうな顔をするな。万一こいつの真贋に疑いを持たれたら、芋蔓式に連想して、シャルドの遺跡の真贋という事にも思い至る可能性がある。そうなった場合が恐いと言っているだけだ」

「するってぇと……」

『つまり、ばれないようにすれば良いんですよね!? マスター?』



 威勢良くばっさりと結論づけたのはキーンである。確かに、ここまでやってしまった以上は、最後まで突っ走るというのも間違ってはいない。いないのだが……



『何か……引き返せない底無し沼に踏み込んだ気がするな……』



 クロウはしげしげとエメン金貨を見ていたが、ふと、テオドラム兵のハッスルぶりには、この金貨の事――と言うよりミドの黄金郷の事――も影響しているのだろうかと疑念を抱いた。しかし……



「いやぁ……いくら何でもそりゃ無ぇでしょう」



 と、クロウの懸念はエメンに切って捨てられた。



「ほう……なぜそう思う?」

「テオドラムの連中が金貨を手に入れてからまだ五日ってとこでしょう? そんなに早く文字が解読できるたぁ思えやせん」

「今日で六日目だが……そう簡単には読めんか」

「へぇ。第一(でえいち)、ミドの国があったって言われてんのが遠国でやすからね」

「うん? ここじゃないのか?」

「違ぇやす。もっと北のほうで」

「モルファンという国がある辺りだろうと言われているんですよ」

「でやすから、まずその辺りの古代文字を知っていなきゃぁ、解読の取っ掛かりが掴めねぇって(わけ)で」

「凝った真似を……しかし、そんな古代文字を()く知ってたな?」

「一人前の贋金造りになるんなら、必須でさぁ」



 どんな分野も簡単ではないのだな、と、エメンの精進ぶりにいたく感心するクロウであった。

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