第百十一章 「災厄の岩窟」 4.眷属会議(その2)
石炭というワイルドカードの存在を念頭に置いてこの化石を眺めてみると、テオドラムの反応も理解できる。
『テオドラムのやつら……石炭が埋まっている可能性に気付いたのか……』
「我が国には山林がほとんどありませんから、薪の類はすべて輸入に頼っています。ここで薪に代わる燃料が得られると判ったら、今後の国家戦略にも大きく関わってきます」
ペーター・ミュンヒハウゼン――生前はテオドラムのイラストリア侵攻部隊を率いていた将軍――の説明に頭を抱え込むクロウ。黄金のゴーレム、銅製の屍体ときて、今度は石炭である。まさに「災厄の岩窟」の名に相応しく問題を撒き散らしている。
……本当に問題なのは、自分たちまでそれに振り回されている事なのだが……。
『あの、主様、その石炭っていうの、本当に埋まってるんですか?』
おっかなびっくりといった体でクロウに確認するウィン。実際に埋蔵があるかどうかは、クロウたちがとるべき行動にも大きく影響する。
『いや……ダンジョンマジックを使ってみたが、炭鉱の存在は確認できなかった』
『しかし、テオドラム側が炭鉱の存在を期待する理由は、あるのでございますな?』
『石炭も元を辿れば木の化石だからな。実際に石炭層の上下で木の葉の化石が出てくる事もあるし』
『テオドラム側に、それを知っている者がいたのでしょうね』
『才子が才に躓いたわけですか……』
ともあれ事情は判ったと緩んだ空気になりかけたところで、クロウが小さな違和感に気付いた。
『しかし……幾ら重要だからといって、石炭の現物も出ないうちから一個中隊も派遣するか?』
緩みかけた空気が再び引き締まった。
『残っているのは鱗な訳ですが……』
『たかが晩飯の食い残しが、何であんな騒ぎを引き起こすんだよ』
『いやいや、お主、何やら怪しげな術を使って巨大化させたとか言うておらなんだか?』
確かに、焼き魚に残っていた鱗を数枚合成して、尋常でないサイズにしてあるが……
『大きいと言っても魚の鱗だぞ? ケルとも話したんだが、見れば魚の鱗と判る筈だ』
『ドラゴンの鱗と、間違えたって説は、無しですかぁ……』
キーンがどこか残念そうに言うが……
『ドラゴンならまだしも目にした者もおるじゃろうが、ここまで馬鹿でかい鱗となると、見た事のある者はおらんじゃろう』
合成した鱗の残りを、化石と同様に皆に見せての討論である。
『大きいけど……やっぱり魚の鱗ですよね?』
『ドラゴンと違うのは見ただけで判ります』
『誤解の生じる余地はございませんな』
『となると……大きな……魚の存在が……問題になったと……いう事に……なります』
「ボス、水じゃあねぇんですかい?」
正鵠を射抜いたのはエメンであった。
「水?」
「へぇ。でっけぇ魚がいるんなら、でっけぇ湖か何かがあるんじゃねぇかと……」
エメンの指摘に考え込む一同。
『確かに……地底湖か何かの……存在を……疑う余地は……あり得ます』
『だが……仮に地底湖を見つけたとしても、ダンジョンの底から地上まで、どうやって水を運ぶつもりなんだ?』
『そうですよねぇ……』
『冷静に考えれば、地底湖に水を供給している水脈を狙って、井戸でも掘った方が、ずっとましですよね?』
『それ以前に、あの近くには確か川が流れていなかったか? 何で血眼になって水を探す?』
『飲用に耐える水質でないとか?』
困惑するクロウたちに、僭越ながらと咳払いして説明したのはペーターであった。彼の説明によると、農業国テオドラムにとって水資源の確保というのは強迫観念に近いものになっているらしい。
「我が国の水源は河川水に限られています。もしも上流にある国が水の流れを止めたり変えたりしたらと考えると……」
「いや、そんな事をしたら、テオドラムの更に下流に位置する国々にも影響が及ぶからな? 国際関係ってものを考えたら、採り得ない選択だぞ?」
「理性と恐怖は別物です」
妙にきっぱりと言い切るペーターに、クロウたちは憮然とした表情を隠せない。
『まぁ……有事に備えて水資源を確保しておこうという態度は間違っていない』
『採水の方法は後で検討するとして、とりあえず水の在処を探ろうって事ですかね』
『燃料と水の二つが関わってくるとなれば、血眼にもなりますか……』




