第十二章 ヴァザーリ伯爵領 4.陽動部隊(その3)
伯爵軍の足止めに向かったスレイとウィンたちのお話です。
伯爵領軍の駐屯地では、この非常事態にどう対処すべきか、意見が分かれて纏まらなかった。その原因は、先日王家から通達された「敵襲に遭った場合、軽挙妄動を避けよ」という一文にある。王家としては無用な混乱を避ける程度の認識であったろうが、下の現場はそう捉えなかった。
「王家の通達があった以上、不用意に動く事はできん!」
「俺たちの町が燃えてるんだ! 放っておけるか!」
「迂闊に動くと、それを咎められて処刑もあり得るぞ!」
「まさか、そこまでは……」
「いや、あり得ない事じゃない。王家は南部貴族を潰す機会を虎視眈々と狙ってきたんだ。この騒ぎに乗じてどんな難癖をつけてくるか……」
「ここで議論していても始まらん。まず、事情を調べるために斥候を放とう」
「どこに放つ? 町全体がこの騒ぎだ。役に立つ情報が得られるとも思えん」
「斥候が戻る前に、伯爵家や王家から命令が出たらどうする?」
「勝手に持ち場を離れたとして処分とか……」
「そこまではないと思うが……勝手に行動するなと言われてるしな……」
「伯爵家からの要請はないのか? 俺たちの主は伯爵様だ。王家の通達に怯えるより、伯爵様のご命令に従うのが筋だろう」
「未だに連絡がない。こちらから問い合わせるか?」
「伯爵様からお預かりした魔道具は一方通行だ。伯爵様がこちらに連絡すれば相談も説明もできるが、こちらからお呼び出しする事はできん」
相談が纏まらない中、伝令兵が部屋に飛び込んできた。
「伯爵様から連絡です! 急ぎお屋敷へ向かうようにと!」
「よしっ! 出発するぞ! 最低限の留守居を残して全員で向かう!」
「王家からの通達に背かないか?」
「我々の主君は伯爵様だ。主君に従うのは、王家に対する叛意ではない!」
ようやく相談が纏まると、そこから慌てて支度を調える。伯爵領軍総勢二個中隊、留守居を残して一個中隊半。支度をするにも時間がかかる。
『やっと動きがありましたか。まったく、小田原評定している間に、出動準備だけでも整えておけばよいものを……』
『スレイさん、荷車を持ち出すみたいですよ』
『ほう……荷車に兵を乗せて動くつもりですか。これは重畳』
大騒ぎの挙げ句に兵を満載した荷車が駐屯地を出ようとした時、突如地面から現れた凸凹に馬が足を取られ、あるいは車輪が弾かれ、荷車は兵もろとも横転した。
「敵襲! 近くに土魔法使いが潜んでいるぞ! 警戒しろ! 弓兵は怪しい者を見かけ次第矢を射かけろ!」
頭に血が上った指揮官が無茶な命令を下すが、これも血迷った兵たちは、疑う事もせずその命令に従う。
「あそこだ! 敵がいるぞ!」
「撃て! 逃がすな!」
下町から救援要請に来た不幸な住民が、矢を受けて倒れる。
「しまった! こいつは囮だ! 周囲を警戒しろ! 本部への侵入の可能性もあるぞ!」
「まだ息がある! 手当をしてやってから尋問しろ!」
救難要請に来た住民こそいい災難であった。
しばらく無意味な時間が過ぎて、ようやく次の動きが見られた。
「隊長! 周辺に敵影なし!」
「よしっ! だいぶ遅れたが、急いで伯爵様のもとへ向かう!」
「荷車は動けませんが」
「この際だ。全員徒歩で駆け足!」
重武装した伯爵軍が、鎧の音もガチャガチャと走り去って行く。
『スレイさん、どうしましょうか?』
『かなり時間は稼ぎましたからな……ご主人様に相談してみましょう』
『その必要はないぞ、スレイ。ホルンから連絡があった。解放した奴隷を連れて脱出するそうだ。お前たちは会合点に向かえ。地中を移動できるか?』
『大丈夫です、主様。私と子供たちで穴を掘って進めます』
『そうか、ウィン、頼むぞ。では急いで移動しろ』
『(はいっ)×2』
奴隷解放戦の様子は次話で。




