第百十一章 「災厄の岩窟」 1.ケルからの報告(その1)
ケルから寄せられた報告がクロウを困惑させたのは、マーカスの冒険者を相手にスパイダーゴーレムの性能評価試験を行なった三日後の事だった。
『テオドラム兵の様子がおかしい?』
『おかしいというより、以前と異なっているのです。何か……妙に気合いが入っているというか……』
気合い?
『それだけでは能く解らんな。とりあえず、お前が違和感を感じた点を列挙してみろ』
クロウに言われてケルが挙げた「おかしな点」は、以下のようなものであった。
・件の冒険者たちが残した足跡や痕跡を血眼で探している。
・救助名目でダンジョン内に入っていながら、救助に使いそうな道具を持っていない。
・武器としてウォーピック――鶴嘴とハンマーを合わせたような打撃武器――を携帯する者が少なくない。新たに増員された者だけでなく、以前からの人員にもウォーピックが配られている。
・足下や壁の様子に注意しているらしく、時折壁を叩くような行動をとる。
・前回に較べてずっとマッピングに力を入れている。
『成る程……これらに加えて、各人の気合いの入り方が違うと言うんだな?』
『はい。何というか……重大な使命を託されて気分が高揚しているというか、使命感に燃えているというか、とにかくそんな感じです』
ふむ……。
『気合いはともかく、行動から判断する限りでは、何かを探しているように見えるな』
『はい。ただ、何かというのは……?』
そう、問題はそれだな。
『その前に確認だが……ケル、足跡を探していると判断した根拠は何だ? 地面を見ているだけでは、足跡を探していると断定はできんだろう?』
『あ、申し訳ありません。指揮官らしい男がそう口にしていたので……』
『お前の推測ではなく、確認された事実という事だな』
『はい』
ケルの説明を聞くと、クロウは黙って考え込んだ。
探しているものの一つは間違いなく冒険者の足跡、あるいは辿って来た際に残した痕跡だという。だが、なぜそれを探すのか? 単純に考えて、あの冒険者どもがダンジョンの中で得た――と、テオドラムの連中が思っている――何かを欲しての事だろう。問題はそれが何なのかだが……。
『ケル、冒険者どもの屍体に持たせたものを確認したい。金鉱石と鉄鉱石――黄鉄鋼――以外に何があったかな?』
『一人はぐれた者が拾って落とした金貨がありますね。テオドラムが前回持ち帰った金貨とは別物と伺いましたが』
『アレか……エメンの自信作だったな……』
エメンに造らせた時には、確かこれまでに鋳造されたどこの金貨とも違うものにしろと言ったような気がする。最初に落としたやつについては、何でもシャルドの古代遺跡から出土した金貨を参考にしたとか聞いた憶えがあるが、二番目に、つまりあの冒険者どもに拾わせたやつについては何も聞いていない……いや、待てよ? ……遊び心を加えたとか言っていたな?
クロウは知らなかったが、エメンの言うところの「遊び心」も、問題をややこしくした一因であった。エメンもこの世界で育ったからには、「ミドの国の伝説」は聞き知っている。彼は問題の金貨がその「ミドの国」のものであるかのように、しかし、はっきりそうだとは結論づけられないように、工夫を凝らしたデザインを施していた。
具体的に言うと、「ミドの国」があったとされている地域の古代文字で「ミド」と綴り、その文字を――元の文字との類似点を残しつつ――アレンジして、実在しない筈の古代文字をでっち上げたのである。元々の字が「ミド」と綴ってあるため、でっち上げた古代文字を――既知の古代文字との類似を手がかりに――解読すると、やはり「ミド」と読める。いや、読めるように作ってある。ただし、決して確証が得られないように色々と工夫を施してもある。それに加えて、クロウが「エイジング」の錬金術までかけているのだ。これまでに造られた贋金貨の最高傑作であると、エメンが自信満々に言い切るのも無理はなかった。
……そして、そんな贋物を掴まされたテオドラムこそいい災難であった。
エメンの思惑どおりに、ありもしない「ミドの国」の幻影に踊らされる事になったのである。
『……クロウ様?』
『あぁ、済まんな、ケル。エメンが仕込んだ古代金貨が、何か一働きしたような気がしてな……。まぁ、この件については、後でエメンに確かめてみよう。それで、他のものについてだが……』




