第百十章 王都イラストリア 3.ヤルタ教中央教会(その1)
イラストリア王城の四人組がテオドラムの不可解な態度について討議する五日ほど前、ヤルタ教教主ボッカ一世は部下が聞き込んできた最新の情報を――酒とともに――吟味していた。
「マーカスめが……面倒な事を言い出したの」
部下が聞き込んできたのは、このところ新たな出現が目立つダンジョンについて、マーカスが各国に流した仮説である。それは、現在次々と目覚め、あるいは活動を活発化させている一連のダンジョンは、シャルドの遺跡ダンジョンが造られたのと同じ千年近く前に造られたという可能性を指摘したもので、シャルドのダンジョンが目覚めなかったのは千年近く前に――人間とエルフが協力して――討伐してていたために復活できなかったのではないかというものであった。
正直なところ、仮説と言うよりもお伽噺に近い。ただし、お伽噺と同じように人々の心に訴えるものがある。それこそが厄介な点であった。
(千年近く前の事で、しかもダンジョンが相手とあっては調査もできぬ。つまり仮説の真偽を検証できぬ。言い換えると、そんな話は馬鹿げていると否定する事ができぬ……。子供だましのおとぎ話のようなものじゃが……それだけに民の心に残る。きっぱりと否定できぬのは厄介じゃな……)
善導あるいは教導という名の下に亜人の征服・支配を目論むヤルタ教としては、亜人が人間と――対等な立場で――協力したなどというイメージを持たれるのは歓迎できない。
(マーカスが各国の首脳に宛てて送ったという事で、完全に後手に回ったわ。話が漏れ聞こえてきたというのも、おそらくは国王府のやつらが意図的に話を流しておるのじゃろう……)
手に持った杯が空になっているのに気付き、席を立って新たな一杯を注ぐ。つい最近になって仕入れた酒だが、なかなかに美味い。願わくば、もう少し楽しい報告とともに味わいたかったが……。
「どうしたものか……」
知らず知らずに声に出しながら、教主は酒を呷りつつ思索に耽る。折角の美酒というのに、その味わいを楽しむゆとりは無い。
(こちらが切れる手札は、千年前という一点か……現在のエルフたちは腑抜けになっているとは前々から言っておるしな……この線で押し通すか……)
すぐに思いつく打開策ではあるが、目新しくない上に決め手に欠ける。代替策を考えてはみたものの、抑ダンジョンの情報自体が著しく少ないため、白黒をはっきりとつけられない。すなわち、賛否何れの説明も、同じ程度に曖昧なものを構築できる。新たな情報、独自の情報が必要であった。
「いや……待て……」
教主はふと気が付いた。
(あれらのダンジョンが揃いも揃って千年近く前に造られておったと?)
教主はこの点にどこかしら違和感を感じた。
考えを纏めようと再び席から立ち上がって、杯に新たな一杯を注いだ。
(何かがおかしい……シュレクはどうなる? あそこは鉱山の坑道がダンジョン化したという話であった筈。まさか千年前の鉱山だなどとは言わぬだろう。それに……ピットと呼ばれておったダンジョンも、やはり廃鉱であったと聞いた。まさか千年後に鉱山となる事を予測して造られたなどとは……言えぬわな)
とっかかりを得て勇気づけられたように、教主は考えを進めていく。抑、何を根拠としてこんな話が出てきたのか。教主は部下から聞いた説明を思い返してみる。確か……ダンジョンの配列がどうとか……。
教主は席を立つと、今度は酒瓶のある場所でなく書棚へと歩みを進める。地図を抜き出して、既知のダンジョンの大まかな位置に印を付けていく。
「ふむ……確かに帯状に並んでおる……これは無視できぬ事実じゃな」




