第十二章 ヴァザーリ伯爵領 3.陽動部隊(その2)
本日三話目です。クロウたちお得意の攪乱戦が始まります。
奪回作戦の実行日は奴隷市開催の前夜、全ての奴隷がヴァザーリに運び込まれた日の夜と決まった。そして今、俺とスライムたちはヴァザーリ伯爵邸に忍び込んでいる。俺たちの作業が終わり次第キーンたちが火の手を上げ、続いて亜人たちによる奪回作戦の実施、スレイとウィンの指揮による伯爵軍の足止め、脱出、と続く予定だ。さて、悪戯を始めるか。
『ライ、スライムたちでここにある小麦の袋全部を水浸しにできるか?』
『はぁぃ、ますたぁ、大丈夫ですぅ』
『ではやってくれ。水を吸った小麦は腐るか発芽するか。どちらにしても役には立たん。あと、作業が終わったら、床に流れた水は吸収してくれ。事態の発覚を遅らせるためだ』
『はぁい、ますたぁ』
俺の指示のもと、スライムたちは次々と小麦の袋を水浸しにしてゆく。作業が大体終わった頃を見計らって、キーンに念話で合図を送る。
『キーン、そっちは全員配置についたか?』
『あ、マスター、いつでも大丈夫です』
『よし、やれ』
『はいっ! キーン、やります!』
キーンたちに頼んだのは、前回のバレンと同様に住民たちの間にパニックを引き起こす事だ。夜の火災は恐怖を煽るのにもってこいだからな。今回も人身への被害よりも、騒ぎ優先でいくよう伝えている。
伯爵邸に潜んでいる俺たちにも火の手が見えた頃に、次の一手を指す。
「この煙は何事じゃ!」
「伯爵様っ、外をご覧下さい! 町が火の海です! この屋敷にも火が!」
「えぇいっ、直ぐに火を……うぇえっほ、えふっ……ぐぉふっ……」
俺がやったのは大した事じゃない。発煙筒をしこたま投げ込んだだけだ。ついでにトウガラシも火にくべて、刺激性の煙を追加しておく。
「伯爵様……ごふっ……こちらへ、お早く……がはっ……」
「兵どもは何をしておるかっ……うぉふっ……急ぎ呼び寄せよ……ごはっ」
伯爵たちが屋敷から出たのを確認して、スライムたちを屋敷に送り込む。発煙筒に水をかけて冷ました後で吸収させるためだ。地球のものをこっちの世界に残すのは拙いだろうからな。発煙筒の残骸吸収によるレベルアップはご褒美だというと、ライを始めとするスライムたちは勇んで回収に向かってくれた。
『ホルン、あちこちで火の手が上がっているのが見えるか? この騒ぎに乗じて奴隷たちを救出しろ。急げ』
『はい! 直ちに!』
『スレイ、ウィン、そろそろ伯爵からの出動要請が来る頃だ。土魔法で軍の出動をうまいこと邪魔してくれ』
『かしこまりました。火の手を確認したのか、兵たちの動きが慌ただしくなってきましたので、出動を確認次第、作戦を実行します』
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キーンたちの攪乱部隊は予定通りに火を放っていった。バレンの一件はヴァザーリ伯爵領にも伝えられ、それなりの警備もされていたが、トカゲ一匹が侵入する程度の隙はいくらでもあった。第一、キーンたちの目的は攪乱だ。重要度の低い、従って警備の薄い場所を選んで放火を進めていく。離れた場所に火球を出現させる事ができるようになったため、一度に数ヵ所火をつけて、さくさく作業を進めていく。
堪らないのは住民である。何の変哲もない、従って火を放たれる覚えもない塀や倉庫から突然火が噴き出すのを見て、住民たちは恐れおののいた。人への被害こそほとんど無いが、無意味で無秩序な放火は、住民たちの不安と混乱をいやがうえにも高めていった。
奴隷解放作戦の首尾は明日の更新で。




