第百九章 「災厄の岩窟」 3.捜索隊~マーカス~(その1)
テオドラムの茶番……いや、救出作戦に呼応して、マーカスが自国の冒険者ギルドに行方不明者の捜索を依頼。偶然にも近くにいた冒険者の二パーティとソロ二名がこれに応じるとともに、マーカス軍を退役した数名の元兵士が義勇兵としてこれに参加した……という公式発表がテオドラムを含めた国内外に向けて出された。
テオドラム上層部は――兵士でなく冒険者が動員された事に些か首を傾げたものの――ダンジョン内への侵入を誘うという当初の目的は果たされたのでこれを了承したが、その一方で、マーカス側が先に石炭や水の発見に至るのではないかという焦りを抑える事はできなかった。結果として、自軍の兵士たちのダンジョン探索の尻を叩く事になったが、クロウの側が肝心な通路を閉鎖しているため、一向に成果が上がらなかった。
そんなテオドラムの焦りなど全く知らないマーカスの「捜索隊」は、冒険者二パーティとソロ二名、および義勇兵数名が二チームに分かれ、ほぼ十日おきに交互にダンジョンの内部を調べる。それぞれのチームが持ち帰った知見は互いに共有する事で、ダンジョン攻略のための情報量を増やす。そういう基本方針が立てられて、いよいよダンジョン内部の捜索が開始された。
『ようやくお出ましか』
『冒険者が一パーティとソロ一名、それに義勇兵として参加した兵士ですか』
『身のこなしからすると、兵の錬度は高いようでございますな』
『クロウ様、如何取りはからいましょう?』
『そうだな……冒険者どもと同じ手順で仕掛けてみてくれ。違いを確認しておきたい』
『解りました』
マーカスの捜索チームは、ダンジョン入口の螺旋階段をゆっくりと降りて行く。先陣を切るのは斥候役を先行させた冒険者のパーティで、その後にマーカスの義勇兵たちが続く。殿はソロの冒険者が担当している。各人の間隔は充分に空けて、即席の捜索チームは一歩一歩階段を降りて行く。時折パーティの一人が磁針で方位を確認しながらマッピングを行なっているのを見て、義勇兵の一人が声をかけた。
「磁針か?」
「あぁ、しかしここじゃ役に立たんようだ。螺旋階段を降りているのに、針は常に前を向いている」
「……以前に入った調査隊は、ダンジョン内では魔法が使えなかったと報告してきた。魔道具も同じではないかと考えられてはいたが……」
「魔道具ではない磁針まで攪乱されているようだな」
「何も情報を与えないつもりか……」
「いや、情報は既に与えられている」
「……何だと?」
「ダンジョンマスターはこうまでして方角を隠している。それは重要な情報だ。なぜ、こうまで執拗に方角を隠すのか。ダンジョンが延びている方角を知られると拙いと考えているからだろう。では、なぜそう考えたか」
「……済まん。俺の貧弱な頭じゃ考えが追いつかん」
「あんた方が気にするのは、このダンジョンの延びている方向が自国内なのかテオドラム領内なのか、その点だろう。ダンジョンマスターはその情報を隠したいと考えている。なら、可能性は二つ。俺たちが進む事になるダンジョンが延びる先は、マーカス側かテオドラム側のどちらか――国境線に直交する形で延びているんだと思う。恐らくダンジョン全体としては、両国の地下に広がる形なんだろうな」
話し込んでいるうちに螺旋階段は終わり、一行の目の前には狭い通路が伸びていた。リーダーはそこで全員に停止の指示を出すと、斥候に周囲の様子を探らせる。その結果を待っている間に、マーカスの兵士は先程の話を続ける。
「先程の話の続きだが……この通路が国境線に沿って延びている可能性は?」
「多分だがそれは無い。きっちりと国境線上に岩山を並べて見せたところを見ると、ここのダンジョンマスターは国際感覚に優れているようだからな」
「……どういう事だ?」
「国境線に沿ってダンジョンを延ばしていけば、遠からず隣国との国境にぶつかるだろう。ここのダンジョンマスターがそういう事態を望んでいるとは思えん。もしも三国を巻き込みたいのなら、最初からそういう立地にダンジョンを造っただろうからな」
事も無げに言ってのけるパーティリーダーの台詞に、マーカスの兵士は当惑を隠せない。
「待ってくれ……ダンジョンマスターとは、ダンジョンを手懐けて使役する存在ではなかったのか?」
「普通はな。しかし、ここは一夜にして岩山が現れたダンジョンだろう。それだけの能力を持つのがダンジョン本体なら、想像以上に巨大なダンジョンという可能性があるし、ダンジョンマスターの能力によるものなら、好きな場所にダンジョンを開設できた筈だ」
優しく噛んで含めるような説明に、マーカスの兵士もパーティリーダーが言いたい事を理解する。それが厄介な内容である事も含めて。
「……理解したくはなかったが、理解した。それで、目の前の通路はテオドラム側の通路と合流すると思うか?」
「ん? 前回の調査ではそういう事は無かったと聞いたが?」
「あぁ、それはそうなんだが……あんたはどう思うんだ? さっきの口ぶりじゃ、この通路とテオドラム側の通路が反対方向に伸びていると考えているようだったが」
「俺がそう考えたのは、前回の調査でテオドラム兵に出くわさなかったと聞いたからなんだが……丁度良い」
パーティリーダーが指差した先には、ソロの冒険者が何やら変わった形の道具を耳に当て、それをダンジョンの壁にくっつけている姿があった。
「あれは聴き金といってな、岩を伝う足音なんかを聞き取る道具だ」
そう言い置いて、パーティリーダーはソロの冒険者に声をかける。何か物音は聞こえたかと。
「……いくつか物音は聞こえるが、大勢の足音らしきものは聞こえんな。あんたが知りたいのはそれだろ?」
「俺がというより、こちらさんがな」
「……どういう事なんだ?」
「だから……足音が聞こえないって事は、近くにテオドラム兵がいないって事だ。もしもテオドラム側の通路がこっちに延びているのなら、足音ぐらい聞こえていい筈だろうが。それが聞こえないって事は……」
「……通路は互いに接近しない。言い換えると反対方向に延びているという事か」
「実際には階層の深さが違っている可能性もあるから、安易に判断はできんがな」
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『……マーカスの冒険者は優秀だな。テオドラムの冒険者とは大違いだ』
『これなら性能評価試験も期待できそうですね、クロウ様』




