第百九章 「災厄の岩窟」 2.マーカス王城(その2)
テオドラム兵士のダンジョン内への進入。その事態に如何に対応すべきか、マーカス王城では国務卿たちの討議が続けられていた。
「思うに、現状で考えられる対処法は三つある。第一はこのまま静観を決め込む事だ」
ダンジョンの規模が最大でも直径一キロメートルであろうと見込まれ、なおかつダンジョン内での進行速度がおおまかに判っている事を考えると、ダンジョンがマーカス領内侵攻の通路となったところで大した問題にはならない。ダンジョンゲートや転移トラップの存在を知らないマーカス首脳部には、静観はそう悪い策ではないように思えた。ただ、何かが起きた場合の即応性が乏しいという欠点はある。
「有事の即応性を考えた場合、どうしても後方で部隊を動かす必要はあるのだ。それならもう一歩踏み込んで、こちらから行動を起こしても大差無いのでは?」
「うむ。後手に回ってばかりというのもつまらんからな」
「では……第二の策として、茶番に茶番で応じるという手があるな」
「茶番だと?」
テオドラムの顰みに倣って、マーカスでも侵入者を仕立ててダンジョンに送り込み、追捕のための兵を出すというのが、国務卿の一人が考えた策であった。
「……露骨な茶番だな……」
「というより、当てつけだろう」
「しかし、元々はテオドラムが仕掛けた茶番だ。同じことをされても声高に文句は言えまい」
「しかし……我が国までテオドラムと同程度に見られる事にならんか?」
「……それは……何か嫌だな……」
テオドラムと同列に見られる事に国務卿の大半が不満を表明したため、この策も一応見送る事になった。
「三つの策と言ったからには、もう一つ策があるのだろう?」
「うむ。三つ目の策は、国から冒険者ギルドに依頼を出すというものだ」
「冒険者ギルド?」
残る一人の行方不明者の救出依頼を、国がマーカスの冒険者ギルドに依頼するというのが、国務卿の一人が提示した三つ目の策であった。
「まぁ、同じ冒険者の危難という事で、封鎖を解けばギルドが自主的に救出に動くかもしれんがな」
「表向きはそういう事にしておいて、実際にはテオドラムへの牽制と警戒か?」
「ダンジョン内がどうなっているのか判らんのは、向こうもこっちも同じだ。冒険者であろうと、我が国の者がダンジョン内に入ったとなれば、テオドラムも勝手には動けない……そういう事か」
「まぁ、冒険者だけでなく義勇兵も一緒に入るのが良いかと思っているがね」
「義勇兵……とは?」
「軍を退役した者などが自主的に人道的行為をなす事は、別に我が国としても禁止はできぬからな。そうではないか?」
素知らぬ顔で同意を求める提案者に、含み笑いで応じる同僚たち。
「無論だ。我が国はどこぞの隣国とは違って、人命を重視するからな」
「だが……今からギルドへ依頼しても、手配が付くのは先になるのではないか? それまでに残りの一人が発見されたら、一切が無駄になるぞ?」
懸念を示した国務卿の一人に、提案者は自信ありげに答えを返す。少しだけ悪戯がばれた子供のような表情を見せて。
「実は……冒険者の方は当てがある」
「当てだと?」
「先走った行動のように受け取られると困るのだが、本当に偶然でね。ダンジョンアタックの経験のある冒険者を数名、国境監視部隊の拠点に送ってある」
「何だと?」
「……どういう事かな?」
「いやね、ダンジョンアタックの経験のある冒険者に、現場の兵士たちへの講義を頼もうと思ってね。許可さえ貰えれば、ダンジョンの入口付近で実地訓練というのもありかなと思っていたのだよ」
きまり悪げな告白に呆れる国務卿たちだが、お誂え向きなのは確かである。
「良いだろう。これも天の配剤かもしれん」
「人道的見地からの救援活動を冒険者ギルドに依頼する。そのための人員は、『偶々』現場にいた冒険者をこれに充当する」
「よかろう、その線でいこう」




