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第百八章 「災厄の岩窟」 9.予想外の収穫

 テオドラムの捜索隊が行方不明になっていた冒険者二名の屍体を発見したのは、翌日の昼過ぎの事だった。


 大量の鉱石と幾つかの収穫物を携えたその屍体は、出口にほど近い場所まで辿(たど)り着きながらも、そこで力尽きたというように見えた(・・・)



「あと少しで出口に辿(たど)り着けたってのに……」

「無念だったろうな……」

「しかし……随分と憔悴したような感じだな」

「この先に何があったってんだ……」



 屍体を前に(たたず)んでいた兵士たちは、やがて上官の命令に従って屍体とその荷物を回収する。ダンジョン内に設けられた橋頭堡に運ばれた屍体とその荷物を検分した捜索部隊の指揮官は、自身に許された裁量の範囲を超えると判断、後方の拠点に報告を送り指示を請うた。やがて返ってきた指示書には、屍体を運び出してその場に待機するようにとあった。



『屍体を運び出したか』

『知らんぷりはできなかったみたいですね、マスター』



 クロウが懸念していたのは、屍体が見つかった後もその事実を隠蔽してダンジョンの探索を続けられる事であった。テオドラムの兵士などいつでも潰せるが、状況が固まっていない現状でダンジョンの情報を与えるのは避けたかったのである。知らんぷりをして欲しくないクロウが採った策は、看過できない情報を屍体とともに与えるというものであった。具体的には、冒険者二名の荷物に思わせぶりな物品を追加したのである――木の葉の化石と巨大な魚鱗を。


 木の葉の化石は、ゴーレムたちがダンジョンを拡張するために坑道を掘り進んでいた時に見つけて持ち帰ったものである。クロウは古生物学には詳しくないが、広葉樹の葉である事は明らかであり、従って比較的新しい時代の植物ではないかと思われた――古代の植物はシダとかソテツのようなものであった筈だ。

 魚鱗の方は、これはクロウがでっち上げたパチモノである。マンションで食べた魚の切り身に残っていた鱗を何枚か錬金術で合成してみたら、巨大な一枚の鱗になったので、それを残して置いただけだ。完全なインチキ情報であり、テオドラム上層部を混乱させる事だけが目的であった。


 これらの情報に接したテオドラム上層部はクロウの(もく)論見(ろみ)どおり困惑し、冒険者の屍体及び荷物の回収と、ダンジョン内の探索の一時停止を命じた。



『ここまでは(もく)論見(ろみ)どおりなんだが……この後どう出るかは正直読めんな』

『大人しく撤退……は無理でしょうか』

『行方不明者はもう一人いるしな。マーカスをダシにしてダンジョンを探ろうという策も不発のようだし、すぐには撤退せんだろう』



 クロウの予想はある意味で正しく、ある意味で大きく覆される事になる。



・・・・・・・・



 テオドラム王城の大会議室。そこに集まった国務卿たちと国王、および彼の補佐官は、ダンジョンから得られた予想外の情報に興奮していた。



「……では、この木の葉が刻印された石は……」

「はい。太古の植物が石化したものであると考えられます。魔力の(ざん)()は確認できませんが、途方もない大昔のせいなのか、最初から魔力が関与していなかったのかは、これだけでは断じかねます」

「だが、教授は何やら意見があるのだろう?」



 国王の問いが向けられた先にいるのは白髪にして長い顎鬚(あごひげ)口髭(くちひげ)――ともに白い――を蓄えた老人である。態度こそ重々しいが、その目の奥には国王や国務卿に優るとも劣らぬ興奮が見えている。



「愚考を述べます事をお許し戴けるならば、恐らくはその両方でございましょう。気の遠くなる程の年月を経て、太古の木の葉が自然に石化したものと思われます」

「そして教授、このような木の葉の石がある場所には……」

「はい。必ずとは申せませぬが往々にして、石と変じた黒い炭が埋まっております」

「して、その炭は燃えるのだな?」

「普通の炭と同等、もしくはそれ以上に」



 老教授の答えにどよめく国務卿たち。



「今一つ(たず)ねる。屍体が携えておった鱗のようなものは?」

「間違いなく魚の鱗でございます」

「だが、赤子の掌ほどはあるぞ?」

「それだけ大きな魚であると思われます」

「それほど大きな魚がいるという事は……」

「充分な量の水があるという事でございましょうな」



 大会議室は(しわぶき)一つも聞こえず、皆が(かた)()を呑んで老教授と国王の問答に聞き入っている。



「あのダンジョンの奥には、我が国が求めて止まぬもの、水と燃料があるのだな?」

「あくまでも可能性ではございますが、その目は低くないでしょうな」



 テオドラムは農業国ではあるが、その水資源は河川水に依存しており、上流に位置する国の意向によっては水資源の供給を絶たれてしまう懸念があった。また、過度の農地開発によって国内の山林を消尽したテオドラムにとって、燃料の問題は切実であった。その二つの資源がダンジョン内で得られるかもしれないのである。



 この瞬間、テオドラムにとってダンジョン「災厄の岩窟」の開発は、国家的な至上命題となった。



「何としてもダンジョンを攻略し、燃える石と水を持ち帰るのだ! マーカスが妨害に出た場合は実力行使も許可する!」



 クロウが何の気無しに残した化石と鱗は、この世界に新たな火種を持ち込む事になった。


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