第百八章 「災厄の岩窟」 8.捜索隊~テオドラム~(その2)
ダンジョン潜入後に行方を絶った冒険者パーティの捜索と救助を名目として編制された部隊――一個小隊規模――が最初に行なったのは、ダンジョンの入口に大量の支援物資を積み上げた拠点を構築する事だった。その拠点からの支援のもとにダンジョン内に確固たる橋頭堡を築き、更にそこから捜索部隊を派遣する。行方不明者を発見できなかった場合は橋頭堡を前進させて同様の捜索を実施する。ダンジョンに潜入する人員は、定期的に後方の拠点に戻して休養させる。ダンジョン内を継続的に捜索するために、テオドラムは万全とも言える体勢を整えていた――すべてイラストリアの冒険者たちによる講習から学んだ事であったが。
『迷惑な話だな』
しかしクロウにしてみれば、見返りも無くダンジョンの情報を曝かれるなど、容認できる事ではなかった。
『クロウ様、いかが致しましょうか?』
『とりあえずテオドラム兵への手出しは禁ずる』
『……何もしないのですか?』
『態々こちらの手の内を教えてやる必要は無いからな。さっさと屍体を回収してお引き取り願うさ』
面倒臭そうな表情でクロウは続ける。
『ただでさえ奴らの進み具合が鈍いというのに、下手にちょっかいなんぞ出した日には、いつまでたっても馬鹿の屍体には辿り着けんぞ? 奴ら、能天気に奥へ奥へと突撃して行ったからな』
『あ~……確かにそうでした』
後先考えずにゴーレムを追っかけて行ったため、冒険者たちは――所詮一階層とはいえ――ダンジョンのかなり奥まで入り込んでいた。翻ってテオドラムの捜索隊は、カメどころかナマケモノの如きスローペースで進んでいるため、このままでは屍体のある位置まで辿り着くのがいつになるやら判ったものではない。ペースアップを図る必要があった。
『とにかく、馬鹿の屍体は手前の方に運びこんでおけ。ややこしい通路は閉鎖して、一本道で屍体の所まで案内してやれ』
・・・・・・・・
テオドラム兵の一分隊がダンジョン内を探索しているが、その一人が怖ず怖ずという様子で口を開く。
「……なぁ、前回の探索とは随分話が違わないか?」
「なんだ、藪から棒に?」
「いやさ……前回の探索だと、とっくにゴーレムと出くわしてる頃合いだろう?」
「そりゃ、ゴーレムだって用心ぐらいするだろうよ」
「問題はそこなんだ。ダンジョンのモンスターってなぁ、決まったように同じ場所に出るって聞いた事があるんだけどよ、こかぁ話と違うじゃねぇか」
「…………」
「用心深いダンジョンモンスターってなぁ、願い下げだと思ってよ」
二人の会話に別の兵士が割り込む。
「いや、タッドの心配も解るが、あの時のゴーレムは鶴嘴を担いでいたそうじゃないか。どこかへ作業に行く途中で、偶然出会ったんじゃないか?」
「それはそれで、ゴーレムたちがルートを変更したと言う事にならんか?」
タッドと呼ばれた男はなおも言い募り、割り込んだ男も黙り込む。が、そこに更に割って入った者がいた。
『タッドの懸念は尤もだが、誤解があるぞ』
『あ、分隊長殿』
慌てたように姿勢を正す男たちに軽く手を振り、分隊長はタッドという男の誤解を正していく。
ダンジョン内に棲息するモンスターにも、種類ごとに好みの環境はある。従って、同じ種類のモンスターはダンジョン内の同じ場所を占める事が多い。ただし、ゴーレムの場合はこの例に当たらない。ゴーレムは使役者の意志に従って動くので、同じ場所に出るにせよ出ないにせよ、そこには使役者――ゴーレムマスターもしくはダンジョンマスター――の意志が存在しているという事になる。
『そういう事ですか……』
『……てぇと、分隊長殿、俺たちの相手はゴーレムマスターかダンジョンマスターって事なんですかぃ?』
『この岩山が突然現れた事を考えると、まず間違い無くダンジョンマスターだろう。ゴーレムマスターには岩山を造り出したりはできんからな』
なるほどと全員の気持ちが纏まりそうだったところへ、タッドという男が怖ず怖ずと口を開いて再度の爆弾を放り込む……特大のやつを。
『あ、あの……分隊長殿……』
『うん? どうした?』
『あ、あのですね……その……』
『何だ、お前らしくないな。言いたい事があるなら言ってみろ』
『あの……この岩山自体がゴーレムという事は無いのでありますか?』
沈黙が一同を覆った。
・・・・・・・・
タッドという男の発言――というより暴言――に呆れていたのは、クロウたちも同じであった。
『……この男はまた……素晴らしい事を言い出したな……』
『ここはダンジョンですから、内部構造を変えるくらいはできますが……途方も無い発想ですね』
『お主以上にぶっ飛んだ発想をする者がおるとは……世間は広いのぅ……』
『凄ぃですぅ……』
『この岩山が……巨人のように……立ち上がって……進撃したら……』
『……天地開闢以来の大騒ぎでしょうな……』
『ちょっとだけ……見てみたいかも』
『ウィン……その発想は……危険です……』
『だが、面白い話ではあるな』
従魔たちが一斉にクロウを振り向く。そのクロウの脳裏には、複数の岩山が合体して巨大なゴーレムとなるシーンが浮かんでいた。
(合体ロボはロマンなんだが……さすがにそれをやると拙いよな……とはいえ捨てがたい案なんだが……)
楽しげな様子で思索に耽るクロウに向けられる視線には、期待と緊張、そして諦観が交じっていた。




