第百八章 「災厄の岩窟」 6.侵入者(その4)
「……おい。まだなのかよ」
「ぼやくな。水音は段々近付いているんだ」
『……音量を上げているだけなんだがな……。ケル、こいつらの行き先に何か面白い仕掛けはあるのか?』
『毒泉はどうでしょうか?』
『お誂え向きだな。そこへ誘き寄せろ』
『毒は何にしましょうか?』
『あっさり死なれてもつまらんからな。致死量以下の麻痺毒にしておけ』
「おぉっっ! 水だ!」
「水だっ!」
水を求めて彷徨う二人が辿り着いたのは湧水崖。静かに流れる水が壁一面を濡らしているが、逆に言えばその程度の流量でしかない。しかし、渇きに苦しんでいた二人にとってはそれでも甘露であり、貪るように水を舐めた。
『……この世界の冒険者に危機感というものはないのか?』
『……何の躊躇も無く飲みましたね……』
『以前フリンも「還らずの迷宮」で毒泉の水を飲んだが、あの時は精神的に追い込んでいたからな。けど、こいつらは……』
『普通は、飲む前に水質とか調べますよね? マスター』
『キーンの言うとおりだ。こいつら、ダンジョンを舐めてるとしか思えん』
『いえ、抑ですな、水音の大きさと流量の齟齬に気付くものでは?』
『たかだか……数時間の……渇水で……取り乱すとは……』
渇きを癒した二人だが、そこで身体が思うように動かない事に気付く。
「なん……だ……? 身体が……痺れ……」
「しまった……毒水だ……」
「糞っ……ズラ……かるぞ」
「ま、待ってくれ……足が……」
蹌踉めきながら立ち上がってその場を逃げ出す二人。
『……それでも金鉱石は抱えて行くんだな……』
『……ここまでくると、いっそ天晴れですね』
毒泉から逃げ出した二人だが、時間が経つにつれてその足取りはしっかりしたものになっていく。
「……どうやら毒も抜けたか?」
「幸い、あまり強い毒じゃなかったみてぇだな」
「ちっ、松明がもう無ぇ」
「大丈夫だ。魔導ランプがある」
男の自信満々な声が狼狽えた悲鳴に変わるのはすぐであった。
「何だ!? ランプが点かねぇっ!?」
「畜生っ! 水筒に続いてランプもかっ!」
『いや……魔道具の水筒が使えない時点で気付けよ……』
「あ……あぁ……松明が消えちまう……」
程無くして男が持っていた松明が燃え尽き、辺りを漆黒の闇が覆う……事にはならなかった。
「……おい、壁や天井が発光してんぞ……」
「ダンジョンってなぁ、こういうもんなのかよ……」
「何にせよ不幸中の幸いだ。これなら注意していけば何とか進める」
男たちは仄明るい通路を歩いて行った。暗がりを見返る事もなく。
『……もう、何も言えんな……』
『……見事に明るい方の通路に進みましたね……』
『迂闊と言うか、単純と言うべきか……』
『暗がりにも通路があるって、気付いてないんじゃないですか? 主様』
『多分そういう事なんでしょうが……』
『まさかと思うが……テオドラムの冒険者っていうのは、皆このレベルなのか?』
だったら性能評価試験にならんぞと、クロウたちは考え込む。テオドラムの正規兵か、もしくはマーカス勢の侵入を誘うべきかもしれない……。
『まぁ、とにかく今は冒険者たちの動きを追っていこう』
その頃、当の冒険者は、仄明るい道を警戒しつつ歩いていた。二人はその先であるものを見つける事になる。
「お、おいっ、金だ……よな?」
「さっき掘ったやつとは少し違うが……少し拾って行こう。両方持ってけば、どちらかはアタリだろう」
『ますたぁ、あれ、贋の金ですかぁ?』
『贋というか……黄鉄鉱だな。「愚者の金」と呼ばれてるやつだ』
『それをご丁寧に採掘してると……』
『かなりな量を集めてますよ?』
『先程採掘した……金と……同程度の……量を……持ち帰る……つもりの……ようですね……』
『確か、入口のところでも掘っていましたよね?』
『保険を掛けておきたいんだろうが……労力とか考えてないのか? モンスターに出会ったらどうするつもりなんだ?』
『さすがに、そうなったら、置いてくんじゃないですかぁ? マスター』
『そうか? 残して行けずにウロウロしていて、逃げる時機を逸する気がするぞ?』
『ありそうな話ですな……』
『ま、丁度良い。ケル、この先の通路から少しずつ気温と湿度を上げてやれ』
『はい。脱水症状を狙うのですね?』
『あぁ。身体を動かして体温が上がっている状態なら、気付きにくいだろう』
「……糞っ……身体が火照るな」
「ぼやくな。お宝の重みに文句をつけたら罰が当たるぞ」
「だな……それにしても蒸しやがる……」
「洞窟の中だからな。湿気りもするだろうぜ」
男たちは汗水垂らしながら、重い荷物を背負って進む。死への道を。一歩ずつ。




