第百八章 「災厄の岩窟」 4.侵入者(その2)
本日二話目です。
場面は変わってゴーレムを追っかけていた二人組である。結局ゴーレムには撒かれてしまい、後に続いていた筈の舎弟分とも逸れた事に気付いた二人は、一旦足を止める。それと同時に自分たちが位置を見失った事にも気付いたが、不安に陥った様子は無い。曲がり角の度に、右手の壁に剣を叩き付けて目印を付けておいた。その疵を辿れば、戻るのは容易い筈だ……
テオドラムの冒険者である彼らは、ダンジョンの壁は損壊できないという事実を知らなかった。
「……逃げられちまったか」
「仕方ねぇ……戻るぞ。ポッコの馬鹿を拾わにゃならん」
「そうだな。しかし……一度もモンスターを見かけなかったな?」
「兵隊たちもモンスターは見かけなかったらしいからな。だろ?」
「あぁ……鼻薬を効かせて聞き出したところじゃな」
「あのゴーレムさえ捕まえりゃ、袖の下に使った分を取り返してお釣りが来たんだがな……」
「ま、ゴーレム以外にもお宝はあるらしいからな。精々注意して戻ろうぜ」
道を引き返す彼らの目に、鈍い金色に輝くものが見えた。
『ほう……運の好い連中だな。金の露頭に出くわしたぞ』
『主様、あれって本物の金なんですか?』
『その筈だな、ケル?』
『はい、一応金鉱石です。含有量は低いですけど』
『どぅいぅ事ですかぁ?』
『母岩に含まれてる金の量が少ない、つまり、金を含んでいない岩まで大量に持ち帰るか、この場で手間暇かけて金だけ抽出選別する必要があるって事だ』
『労力か時間か、ある意味究極の選択ですな』
『あ……確かに迷ってますね』
『だったら、少し手助けしてやるか。ケル、物音を立てて脅かしてやれ』
『解りました、クロウ様』
余計な重さを背負い込むのを嫌って、金の含まれている部分だけを持ち帰るべく母岩を砕いていた二人の耳に、得体の知れない音が聞こえてくる。
「……聞こえたか?」
「あぁ、聞こえた。何の音だと思う?」
「判らん。判らんが、用心に越した事はない。岩を砕くのは後回しにして、急いで店仕舞いした方が良さそうだ」
「けどよ、こんなお宝を放っていく手は無ぇぜ?」
「……仕方無い。採掘に五分だけ時間をとろう。その後は急いで逃げ出すぞ」
「解った」
『欲張って石を抱え込みましたね』
『あれだけ抱え込んでいれば、動きは鈍り、体力も失う。下策なんだがな』
『荷物持ちが一人減ったのが大きいですね』
『そういえば、あの迷子はどうなってるんだ?』
その迷子は順調に迷い続けていた。ダンジョンどころか冒険者としての経験もろくすっぽ積んでいない、駆け出しに毛の生えた程度の初心者である。通ってきた道に印を付ける程度の気も利かず、少し進んでは怯えて戻り、また別の道を進んでは戻り、気付かずに同じ道を選んでは……と、収拾がつかなくなっていた。
『……迷っているくせに、方向としては兄貴分がいる位置に近付いてるな』
『ビギナーズ・ラックってやつですか?』
『あ、ゴーレムたちと接触します』
複数の物音に気付いた舎弟が振り返ると、鶴嘴を振り被ったゴーレムたちと目が合い……一拍おいて飛び下がったものの、躱しきれずに脹ら脛に一撃を貰う。獣のような悲鳴を上げて、足を引き摺りながら逃げ出す舎弟。その後をゴーレムたちが追いかけていく。
『……何だかんだいっても、着実に兄貴分のいる方向へ向かうんだな……』
『運が好いんでしょうか?』
『運が……好いなら……迷子に……なったり……襲われたり……しないでしょう』
『そうだよね』
「何か、叫び声みてぇなのが聞こえなかったか?」
「あぁ……あっちだな。どうする?」
「ポッコの馬鹿のような気がする。行ってみよう」
足を引き摺りながら怯えたように進むポッコの目に、ゆらゆらと揺らめく光が見えた。彼を探しに来た兄貴分たちの松明なのだが、恐怖のみに支配された彼は引き攣るような短い悲鳴を上げると、振り返って逃げ出し……そして、その姿は掻き消すように見えなくなった。悲鳴だけを後に残して。
『……運が好いようで、やっぱり悪かったな』
『地割れにぃ、落っこちましたぁ……』
『即死していますね』
『仲間と会えたのに、何で逃げ出したんでしょう?』
『仲間と解ってなかったんじゃない?』
『反射的に逃げ出したようですな』
「おい……今の悲鳴は?」
「あぁ、多分ポッコの野郎だ。用心しろ。モンスターがいるぞ」
哀れなポッコを怯えさせた当人たちが、いもしないモンスターを警戒して進む。
「血の痕だ……」
「追うぞ」
血痕を辿って行った二人は、やがてポッコが落ちた地割れに行き着いた。
「あの馬鹿……ここに落ちたのか」
「お~いぃ、ポッコォ~」
大声で呼び掛けるが、返事は無い。
「駄目か……」
「おいっ! 足下を見ろっ! 金貨だ!」
「何だとっ!?」
転落の拍子にポッコが落としたらしい数枚の金貨を見て、兄貴分たちの血相が変わる。
「あの馬鹿野郎、独り占めしたくて逃げ出しやがったな」
「糞っ、忌々しいガキだ。一体どこで拾ったのか……」
「どうする? 降りてみるか?」
割れ目を覗き込みながら訊ねる一人に、もう一人が首を振って不同意の意を示す。
「やめとこうぜ。この暗さじゃ足場も判らねぇ。ヤバ過ぎらぁ」
「……そうだな。取りあえず他に金貨が落ちていないか注意しながら戻ろう」
次回からは通常の更新に戻します。




