第百八章 「災厄の岩窟」 1.マーカス~新たな仮説~
本日二話目です。
テオドラム軍の動きは、即座にマーカスにも伝わった……というか、あまりにもこれ見よがしな動きであったため、見逃す筈が無かった。
「テオドラムはどういうつもりなんでしょうか? この期に及んで兵を下げるなどと」
訝るような若い士官の言葉に、叩き上げのファイドル代将――スケルトンワイバーン絡みで編制された国境監視部隊の指揮官だった筈が、済し崩しに「災厄の岩窟」監視部隊の指揮官に祭り上げられ、一時的に将軍に準じた権限を預けられている――は懶げに答える。
「我らをダンジョンに侵入させようというのだろう。ダンジョンがマーカスの領内に通じている事が判ったら、いや判らずとも我らがダンジョンに入ったら、領内に進軍したという口実で我が国に攻め込む腹であろうよ」
「な! 監視兵を下げたのはそのためですか!?」
「表向きは監視部隊を下げた事になっておるがな。どうせ残留諜者が潜んでおる筈だ。テオドラムが軍を下げたのは、モルヴァニアとの国境線で何かが起こった時の備えという事になっておるようだな」
退屈そうに話していたファイドル代将であったが、その口調は呆れたようなそれに変わる。
「……しかし、イラストリア、モルヴァニアに続いて我が国か……テオドラムという国はよくよく面倒を引き起こす運命のようだな」
「そういう見方もできますが……」
「うん? 何か言いたい事があるのか?」
「モルヴァニアが監視しているシュレクも、我々が対峙しているここも、どちらも最近出現したダンジョンです。それが気になって、ここ数年で確認されたダンジョンについて調べてみました」
「……続けてくれ」
「ここ五年以内に新たに確認されたダンジョンは、まずイラストリアの双子のダンジョン、これはモローという町の近くに忽然として現れた二つのダンジョンです」
「いきなり二ヵ所に出現したのか?」
「はい。ですがそれは一旦措いて、次もイラストリア、シャルドの遺跡です」
「あぁ、それは聞いた事があるな」
「そしてシュレクの坑道、ここ、という順になります。これらを地図上に示してみると……」
若い士官は用意していた地図を持ち出して代将に見せた。
「ふむ……直線とはいえんが、概ね北から南へ延びているように見えるな」
「実は……未確認ではありますが、ここにあるピットと呼ばれるダンジョンも、最近になって活動が活溌化したという話があります」
それを含めると、全てのダンジョンが帯状に分布しているように見えてくる。
「……気味の悪い話だな……シャルドの遺跡は偶然だろうが……」
「そうでしょうか?」
「何? 千年前の遺跡だろう?」
「こうは考えられないでしょうか? これらのダンジョンが活動を開始したのは最近でも、誕生したのはずっと古いのだと」
「おい……」
「シャルドの遺跡が目覚めなかったのは、既に討伐されていたためかもしれません」
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仮説の示唆する内容を重く見たマーカス首脳部の判断によってこの仮説は各国に伝えられ、それぞれの国に激震をもたらす事になる。
シャルドの遺跡が目覚めなかったのは、既に討伐済みだったからなのか? 今から千年近く前に、その地の人間と亜人が協力して討伐したのか? 今現在次々とダンジョンが目覚めているのに、人間と亜人がいがみ合っている余裕はあるのか?
ダンジョンを造った者の意図が不明な現在、各国首脳部にとって亜人たちとの協調は、唯一検討に値する方途であった。そのため、マーカス発のこの仮説は各方面に様々な形で影響を及ぼす事になる。
例えばヤルタ教の反応はどうであったか? 彼ら――主として教主――の回答は、現在のエルフと当時のエルフを同一視してはならないというものであった。当時のエルフには、現在のエルフには欠けている覇気があったと説明し、覇気を失った現在のエルフには人間による善導が必要であると主張した。前半の主張には頷ける部分があったためか、エルフたちの一部がこれを容認――ヤルタ教の教義自体は否定――したから話がややこしくなる。エルフはどうあるべきかという論争に発展し、挙げ句に協議会をも巻き込む事になる。
そして、それ以外の部分にも影響は及んでいくのである。
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『ダンジョンの見直しだと……? 今頃になってか?』
『うむ。精霊たちが聞き込んできたのじゃが、お主のところの双子のダンジョンも対象になっておるようじゃな』
『双子のダンジョン……あぁ、モローの二つの迷宮か。あそこに侵入しようってのか?』
『いや、どうも周辺の調査から始めるようじゃ。いつ頃に成立したのか、モローの遺跡はいつの時代から存在したのか、などをな』
『面倒な事になりそうだな……』
次話は約一時間後に公開の予定です。




