第百七章 イラストリア 2.冷却技術
本作の書籍版「従魔とつくる異世界ダンジョン」本日発売です。
書籍版の発売を記念して、本日は時間を空けて三話公開とさせて戴きます。
イラストリア王国で冷蔵箱の開発計画にゴーサインが出ている頃、クロウもホルンたちから似たような相談を持ちかけられていた。
「……ドワーフから?」
「はい、魔力の乏しい彼らドワーフにも使えるような氷結の技術はないのかと」
「……よほどに冷やしたビールが飲みたいらしいな……」
「あれは禁断の酒ですから……この暑い時期に冷やしたビール……想像しただけで喉が鳴ります……」
「……ホルン?」
「いっ、いえっ! と、とにかくそのような次第でして」
「……まぁ、ドワーフたちの気持ちも解りますしね」
「冷やしたビールの美味さをっさんざっぱら聞かされて、挙げ句にそれが飲めないとあっちゃぁ、ドワーフたちが七転八倒するのも無理はねぇかと」
「……待て、五月祭でビールを味わったのは、偶々サウランドにいたドワーフだけじゃなかったのか? 実際に飲んでもいないのに、そこまで大袈裟な事には……」
「酒に関するドワーフたちの才能を甘く見てはいけません」
「酒に関する限り、彼らの表現力や想像力は天下一です」
「酒の仔細さえ聞きゃあ、その味を想像する事ぐれぇ、ドワーフにゃ簡単です」
「……だったら、必ずしも実物に拘る必要は……」
「「「それとこれとは別です!」」」
そこまでヴァーチャルリアリティで楽しめるんなら、リアルのビールなんか要らんのじゃないかと思えるんだが……
「まぁ……魔力を使わない冷却の手段なら、幾つか心当たりがある」
「あるんですか!?」
「一つはお前たちも知ってると思うが、水に濡らした布で表面を覆ってやる方法だ」
水が蒸発する時に気化熱を奪う原理を利用したもので、結構馬鹿にできない冷却能力を持つ。条件次第では製氷も可能だったらしいが……ホルンたちは納得できない様子だな……。
「お気に召さないようだな?」
「その方法は知っていますが……あまり冷えないので」
「湿度にもよるからな……だが、水を別の物に変えたら一気に冷えるぞ」
「何に変えるんですか!?」
偉い食い付きようだが……本当に依頼主はドワーフなのか? まさか、こいつらがドワーフを騙って質問してるんじゃなかろうな?
「濃縮した酒精だ。こいつが蒸発した時の冷たさは、多分お前たちの想像以上だぞ?」
クロウの言葉にう~んと考え込む三人。
「お言葉どおり冷えるのかも知れませんが……」
「酒を冷やすのに酒を使うってなぁ……」
「ドワーフたちは納得しないでしょうね」
飲用に適さないメチルアルコールで充分なんだが……それを言い出すとまたややこしくなるな。
「だったら、俺が知っているのはあと一つだ。ただ……それに必要な石が採れるかどうか、俺は知らんぞ?」
クロウが考えているのは、硝酸塩――硝酸カリウム・硝酸ナトリウム・硝酸アンモニウムなど――である。これらの硝酸塩は水に溶ける時に周囲から大量の熱を奪う性質がある。現代日本ではインスタント氷枕として尿素の粉末が利用されているが、古くは硝石すなわち純度の低い硝酸カリウムが利用されていた。溶け込んだ水を再度濃縮すれば、硝酸カリウムが結晶して回収できるのも利点である。ただし……
「硝石という石を使うんだが、問題はその石が手に入るかどうかだな」
そう言いつつも、クロウは硝石を使った冷却方法について説明していく。
「結局はその石が見つかるかどうかですか……」
「なに、ドワーフどもが執念で見つけ出すだろうよ」
・書籍版「従魔とつくる異世界ダンジョン」、2018/5/30に双葉社様のMノベルスより発売しました。詳しくは活動報告をご覧ください。
・本日はあと二話公開します。次話は約一時間後に公開の予定です。




