第百七章 イラストリア 1.冷蔵箱(アイスボックス)
テオドラムとの国境線上に現れたダンジョンに絡んだあれこれで頭を痛めている四人組のところへ、またぞろ妙な問題が持ち込まれた。
「はぁ!? 酒造ギルドが『冷蔵箱』の開発に国の支援を要請? このややこしい時に……放って置け!」
連日の睡眠不足のせいか、つい大声を出した国王に向かって、こちらも睡眠不足で気配りが目減りしているウォーレン卿が異論を投げかける。
「いえ……今のような時期だからこそ、やるべきかも知れません」
「何だと?」
「どういう事だ? ウォーレン」
「食料の保存と輸送に革命を起こしかねない技術です。戦の気配が濃厚で、しかもまだ戦時ではない今この時期にこそ、手を着けておくべき事案ではないかと」
「食糧の補給か……」
「確かに。戦況を左右しかねない技術の上、戦後も色々と役に立ちそうな技術ではありますな」
「戦備開発の名目で、今なら予算も通り易いでしょう。酒造ギルドの連中も、案外そこを見越しての申し出かもしれません」
「けっ、食えねぇ連中だぜ」
酒造ギルドの連中に言ってやりたい一言――どころか二言三言――はあるが、重要な、場合によっては戦局を左右しかねない技術なのは間違いない。国王は建白書に了承のサインを認めて処理済みの箱に廻す。
こうしてイラストリア王国に於ける、いやこの世界に於ける冷蔵技術の本格的な開発がスタートした。
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「喜べ、諸君。冷蔵箱の開発計画に王家の支援が得られる」
ギルドマスターの報告に、おぉっとどよめく酒造ギルドの面々。
「良かった……これで資金繰りが大分楽になる……」
「最悪、持ち出しも覚悟していたからな……」
ほっと溜息を吐いているのは会計担当の委員だろう。
「そうすると、問題は氷の確保か……」
「少なくとも当面使えるのは、冬の間に氷室に氷を保存しておく手だな」
「氷の魔術を使える者を大々的に集めねばなるまい」
「いや、それに関してだが……」
委員たちの会話に、ギルドマスターが真剣な顔つきで割り込む。
「王国からの援助を受けるに際して、幾つかの条件を付けられた。一つは、この冷蔵技術を酒造ギルドの独占とはしない事。特許権は認めるが、酒以外の食品にも使用させる事で、これは既に商業ギルドとも話が付いているので問題無い」
ここまで話したところでギルドマスターは、一端言葉を切って全員を見回す。
「もう一つの条件は、可能な限り秘密裡に開発を行なうという事だ。少なくとも技術が完成するまでは、この一件を無闇に漏らさない事を約束させられた」
「……どういう事だ?」
「指摘されるまで儂も気付かなかったが、この『冷蔵箱』は生鮮食品の保存期間を一気に伸ばす事ができる。それはつまり、軍の食糧供給にも大きく影響するという事だ」
「あ……」
「そうか……テオドラム周辺がきな臭くなっている現状だと……」
「うむ、生鮮食品の保存と輸送に大きく影響する『冷蔵箱』の技術は、下手をすると戦局を左右しかねん」
「だからこその機密扱いか……」
「なるほど、道理は道理だが……」
「魔術師の勧誘は難しくなるな……」
クロウが何の気無しに提案した冷蔵箱の技術は、時宜を得て戦略的な意味合いすら持ち始めていた。




