第百六章 テオドラム 3.テオドラム王城(その2)
ミドの国の伝説。それはこの世界では広く知られた伝説である。
かつて強欲な一人の王がいて、己が手の触れる物全てが黄金に変ずる事を望んだ。神は愚か者の望みを――嘲笑いとともに――叶えた。己が手の触れる物全て、食物も、酒も、そして愛するわが子も全てが黄金と化した事に狂乱した王は、国民を悉く金の像に変えて国を滅ぼしたという。
神の呪いによってミドの国は滅んだが、今もどこかに彼の国の国民たちが、黄金の像と変じたままに眠っているという。
「あれは……伝説ではなかったのか……」
誰かが呻くように言葉を絞り出した。
「伝説かもしれん。ただ、その伝説とピタリ平仄の合った銅の像が出てきた。それが事実だ」
あまりに深刻な可能性を突き付けられて、国務卿たちは言葉も無い。
「ダンジョンマスター、あるいはダンジョンに巣くう何者かが、人を金属に変える魔力を持っておるというのか……」
「もしくは、彼の地こそが伝説に残るミドの地なのか」
むっつりとしたラクスマン農務卿の発言に、居並ぶ国務卿たちは思わず首を廻らせて彼の方をみた……メルカ内務卿を除いた全員が。メルカ卿は既にその可能性に思い至っていたようだ。
ラクスマン卿の言葉が真実なら、ダンジョンマスターは無尽蔵の黄金を手にしている事になる。ひょっとすると、それと同時に人を金属に変える魔術――あるいは呪い――も手に入れたのかも……。いや……
「まさか……ダンジョンマスターの正体はミド王だったという落ちではあるまいな?」
ヒステリックに、そして引き攣った笑みを浮かべつつ、冗談めかして言ったジルカ軍需卿の台詞を笑う者は一人もいなかった。
根も葉も無い妄想なのだが。
誰言うともなく一旦休憩となり、思い思いに軽食や飲み物を摂る国務卿たち。恒例に反して酒を飲んでいる者も多いが、止めようとする者はいない。こんな時に素面でやってられるか。
三十分ほどの休会の後で、気力を絞り出したような表情の国務卿たちが会議を再開する。一気に老け込んだように見える者も少なくない。
「問題点の整理だけの筈が、今までで一番疲れたな……」
「済まんが、これからが本番だ」
・・・・・・・・
会議の再開早々に、岩山のダンジョンをどうするかという問題についての基本方針が決まろうとしていた。
「では、あのダンジョンへの対処の基本方針は、『手を出さない、出させない』という事で良いな?」
「あぁ、兵の動員が窮屈になっているというのに、態々危ない橋を渡る必要は無いだろう」
「うむ。黄金は少々惜しいが、あのダンジョンは迂闊に突くと何が飛び出すか判らん。危険を冒す事はできんな」
「だが、マーカスの方はそう考えんかもしれんぞ?」
「……やつらがダンジョンに入ろうとする可能性はあるな」
「協定でも結ぶか?」
「馬鹿な。目の前に黄金がぶら下がっているというのに、誰がそんな協定など……」
「潜らせてやれば好いだろう」
マンディーク商務卿の声が響いた。
「マンディーク卿?」
「いや……ずっと考えておったのだが、マーカスのやつらが危ない橋を渡りたがるなら、渡らせてやればよかろう。こちらはそれを見ていれば、危険の度合いも判ろうというものだ」
「マーカスの連中に実験台になってもらおうというのか?」
「しかし……万一やつらに侵攻ルートを見つけられては……」
「大丈夫だろう」
「何?」
「どういう事だ? マンディーク卿」
口々に問い詰める国務卿たちに、マンディーク卿が自分の考えを述べていく。
「やつらがいつダンジョンに入ったのかさえ確認しておけば、あとはそれからの時間を計っておけば好い。ダンジョンの探索速度は最大でどれだけかというのはこちらにも判っている。その半径内を見張るくらいなら、難しくはあるまい。持ち込む食糧の量からも、やつらの思惑は透けて見える筈だ」
「そう上手くいくか?」
「調査隊の見た限りでは、このダンジョンには食べられるモンスターは出てこんようだ。ならば、持ち込む食糧だけが頼りの筈」
「なるほど……」
「できなくはないか……?」
「マーカスのやつらに露払いをしてもらおう。それでここのダンジョンがどういうものか確認できる筈だ」
クロウの思惑は斜め上方向に覆されようとしていた。




