第百五章 災厄の岩窟 8.とばっちり
後書きにお知らせがあります。
クロウが引き起こした――というより、クロウの仕掛けに民衆が過敏に反応して起こった――騒ぎは関係各方面に様々な影響を与えたが、その中には正しくとばっちりとしか言えないようなものもあった。
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「……と言う次第で、儂もほとほと困っておるのじゃよ」
会食の席で若い友人であるルーパート・ホルベック卿に愚痴を零しているのは、この屋敷の主人ウィルマンド・パートリッジ卿である。
「僕に言われても困るのですが……王国側もよくもそんな珍問を……よっぽど手詰まりなんでしょうか」
「儂は一介の考古学徒に過ぎんのじゃよ。魔術師でも魔法学者でも古文書学者でもないというに……」
「しかし……人体を黄金に変える魔法ですか。少なくとも僕は聞いた事がありませんね」
「古代文明にその痕跡は無いかと訊かれてものぅ……」
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モルファンの叱正もあって冷静さを取り戻した各国首脳部は、目撃された黄金のゴーレムが本当に人間の成れの果てなのか、まずそこから再検討に入っていった。当事国であるテオドラムとマーカスがダンジョン内への立ち入りを認めていない現在、検討の対象となるのはテオドラムとマーカスが入手したゴーレムの一部だけである。これについても両国は供与を拒否したが、詳細に調べた結果を報告書の形で提供する事には同意した。そしてもう一方の手掛かりである銅製の屍体だが、こちらは破片の数がそこそこあるためか――それともさっさと手放したかったのか――両国ともサンプルの供与に同意した。それらを再度検討した結果、幾つかの事実が明るみに出たのである。
まず騒ぎの火種となった銅製の屍体であるが、内部の人体構造がほぼ正確に残ってはいたが、さりとてそれだけで人間が金属に変えられたと言って良いものか。各国の冷静な検討の結果、有るとも無いとも言えないだろうという結論になった。さすがに初めての事案だけに、判断の拠り所が無かったのである。ただし、黄金のゴーレムを調べた結果と付き合わせると、興味深い相違点があった。ゴーレムの方には人体としての内部構造が保存されていなかったのである。
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「……しかし、銅製の屍体の方は、内部構造をゴーレムのそれと同じように改変する事に失敗した結果だとも考えられる」
「改造に失敗して死んだと言いたいのか?」
「その可能性を否定はできんという事だ」
ここでレンバッハ軍務卿が咳払いをして会話に参加する。
「実は……件のゴーレムを目撃した兵士たちに、その姿を描かせてみたんだが……」
そう言って軍務卿が持ち出したスケッチは、いずれも足が短く手が長い姿を描いていた。
「バランスがおかしいと思わないか?」
「いや? ゴーレムとしては普通の格好だろう?」
「問題はそこだ。人間をゴーレムに変えたのなら、なぜ身体のバランスまで変える必要があるんだ?」
「そりゃ……ゴーレムとしてのバランスの良さってものがあって……あぁ、だとすると、わざわざ人体丸ごとを材料にした理由が無いのか……」
続いてメルカ内務卿が話に加わる。
「幾つかの文献を繙いてみたが、ゴーレムの魔術というのは既に確立された魔術らしい。そして材料は石や土。稀に木材を使う事もあるようだが、屍体を使うと書いたものは無かった。屍体を材料に使うのは死霊術というらしいが、こちらにはゴーレムを使う術が無いらしい」
「……つまり……敢えて屍体をゴーレムに変えるメリットが無いと?」
「私が調べた限りではな」
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所を変えてイラストリア王国の王立講学院でも、やはり黄金のゴーレムについての検討がなされていた。
「……冷静になってみると、いろいろと腑に落ちん事が多い。その最大のものは、わざわざ黄金でゴーレムを造る理由だ」
「仮に何かの理由……黄金という金属のゴーレムを必要とする特別な理由があったとしても、そのゴーレムが判で押したように両国の調査隊に出くわすというのは……やはり出来過ぎだな」
「うむ……やはり調査隊は『釣られた』のだろうな」
「ゴーレムの事を差し置いてもだ、何で黄金を造るのに、わざわざ人体を材料にする?」
「気になって書庫の文献を漁ってみたんだが、人体……と言うか、動物の身体を丸ごと材料にして錬金を行なった例は見られなかった。呪いの一つに似たようなものはあったんだが……」
「呪いだと?」
「うむ。ただし黄金ではなく『愚か者の金』、すなわち黄鉄鉱に身体を変える呪いだ。それも、身体全体ではなくその一部を材料とするもののようでな。詳しい事は書いてなかったが、内臓か体組織の一部が萎縮だか消耗だかするらしい」
「……銅製の屍体の内部には何の異常も――銅製である事以外にだが――見られなかったそうだが……金でも黄鉄鉱でもないから何とも判断は下せんな」
ここで、地質や鉱物を専門に研究しているドワーフが話に加わる。
「それとは話題が少しずれるんじゃが……」
「今はどんな情報でも必要だ。話してくれ」
「うむ……件の国境の辺りじゃがな、金の鉱脈は確認されておらんし、地質学的にもあるとは思えん」
「……つまり、ゴーレムの材料となった筈の黄金は、あの付近では採れないと?」
「その筈じゃ。ちなみに黄鉄鉱もあの辺りでは採れなんだ筈じゃ」
「だったら、材料となった黄金はどこから手に入れた? いや、それより、何故あの場所にあのようなダンジョンができた?」
「後者の理由は判らんが……前者の理由としては、他所から持ってきたか、あるいは……」
「……錬金術で作り出した、か」
「その錬金術に必要なものがあそこにあるというなら筋は通るんだが……あの辺りに特産する素材は何かあったか?」
「それが……儂の方では思いつかん。お主らはどうなんじゃ?」
「いや……現在知られている限りでは思い当たらん」
「現在か……」
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「……だからといって古代文明とは……安直過ぎやしませんか?」
「上の方も途方に暮れているのじゃろうが……それを儂に振られてものぅ……」
つくづく参ったという表情のパートリッジ卿を、ルパが痛ましげに――対岸の火事といった体で――見遣っているが……
「……ルーパート君は何か思い付かんかね?」
こちらに火の粉が飛んで来る。藁切れにでも縋りたいという目付きで卿がルパを見るが、訊かれたルパとしても困惑するしかない。
「僕の専門は昆虫ですよ? そんな話を振られても……」
「何でも良いから思い付かんかね?」
「クロウなら何か知ってるんでしょうが……」
困惑するルパがその時思い出したのは、穴を掘って黄金を集める巨大なアリの伝承であった。単なる伝承としてこれまで気にも留めなかったが……
「黄金を掘り出して集めるアリのモンスターかね……」
「もう一つ思い出しました。場所は忘れましたが、アリの巣に金属片を入れると金だか銀だかに変わるという言い伝えがどこかにあった筈です」
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斯くして、パートリッジ卿経由でルパの情報を伝えられた王国側の困惑と迷走は更に深まるのであった。
①本作の書籍版「従魔とつくる異世界ダンジョン 」のカバーイラストをお目にかけます。
表紙の女の子は書籍版で追加された女性キャラの一人です。
書籍版も基本的な流れはWeb版と変わりませんが、女性成分が少ないとの反省から、新たに二名の女性キャラが追加されています。何しろ、癒し枠が従魔(スライム、トカゲ、グソクムシ、粘菌、ミミズ)、女性枠がアンデッド一名なので……。
内容については、ぜひ書籍版を手にとってご覧下さい。もう一人の女性キャラに関する書き下ろしもありますので。
②プリニウスの「博物誌」には、インドでは巨大なアリが黄金を掘り出しており、それを盗んだ人間を追いかけて殺すという記述があるそうです。
また、ド・フリースの「イメージ・シンボル事典」には、錫片をアリの巣に入れると銀になるという記述があります。
③次回から二回ほど挿話になります。




