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第百五章 災厄の岩窟 5.奇策

『この状況は(まず)い』



 予想もしなかった規模の混乱を引き起こした張本人が口を開く。



『それくらいは(わし)にも解るが……お主はどういう点が(まず)いと思っておるのじゃ?』



 精霊樹の問いにクロウが答える。黄金の出所を探られた場合に、贋金の事に思い至る者が出るかもしれぬ、と。



『……考え過ぎじゃと思うがのぅ』

『僅かな危険性であっても、避け得るものは避けたい』



 その気持ちは解らぬでもないが、と精霊樹は思う。贋金で得た利益で黄金のゴーレムを造るなど、どこの酔狂人が考えるというのか? 脈絡が無さ過ぎるだろう。



『とにかく、このままの状況は(まず)い。早期収束を図らねばならん』

『でもマスター、どうやって、騒ぎを収めるんですか?』

『国を挙げて、どころか……』

『国を越えての騒ぎになっておりますからな……』



 開き直ったクロウが、今以上の騒ぎを起こして注意を()らせるという禁じ手――これをやると騒ぎは拡大するばかりで一向に収束しない――に踏み切ったのは数日後。騒ぎは新たな局面を迎える事になる。



・・・・・・・・



 その日、国境付近に布陣していたテオドラムとマーカスの両軍は、これまでの騒ぎが学芸会かと思われるほどの恐慌に見舞われた。端の方の岩山を調査していた両軍の兵士――本国での緊張をよそに、現場の下級兵士たちの間では時折声を掛け合う程度の交流が見られた――が、砕かれた銅の像を掘り当てたのである。


 ただし、それは単なる銅像などではなかった。



「……金属に変えられた屍体だと?」



 かろうじて声を絞り出せたのはレンバッハ軍務卿である。他の面々は顔を蒼白にしたまま言葉も無い。報告してきた兵士の顔も(ろう)のように白い。



「……少なくとも、そのように見えるそうです。断面からは内臓のようなものも覗いているとか」



 報告者の声も(かす)れている。



「断面……?」

「屍体は幾つかに砕けていたそうです。現場の判断で、破片を我が軍とマーカスで折半したと。さすがに独占しようとは考えなかったようです」



 そのまま向こうに押しつけてしまえば良かったのだと、内心で(うめ)く軍務卿。多分、向こうも同じ事を考えて、押し付け合った結果なのだろう。余計な火種など抱え込みたくないのは彼我(ひが)いずれも同じだ。



「……金属と言ったが、材質は判るかね?」



 気丈にも質問したのはラクスマン農務卿であった。



「は……現場の者が言うには、銅ではないかと」

「金ではないのだね?」

「金ではありません」



 この時、居並ぶ一同の心中には、同じ疑念が渦巻いていた。最初に報告された黄金のゴーレム、あれは本当にゴーレムだったのか?



・・・・・・・・



『二度とやらんぞ……』



 精も根も尽き果てたという調子で(うめ)いているのはクロウである。ここ数日というもの、前代未聞の等身大フィギュアを創るのに全精力を傾注していたのだ――銅製の屍体というフィギュアを。



《世界が黄金を得たいと思って熱狂しているなら、そんなものは欲しくないと思わせる騒ぎが起これば良いんじゃないか?》



 そういう――斜め方向に少々どころでなくぶっ飛んだ――コンセプトの(もと)にクロウが計画したのは、黄金獲得を(ちゅう)(ちょ)させるような事件を演出する事であった。現代日本なら、例えば放射能汚染を演出するなどの手法がとれただろうが、幸か不幸かこの世界では、まだ放射性物質とその影響は知られていない。毒や疫病という題材も頭に浮かんだが、最終的にクロウが選んだのは、自分でも後になって悪趣味だと認めざるを得なくなったような題材であった。



 ミダス王――マイダス王とも言う。ギリシア神話に登場するフリギアの王。触れる物が(ことごと)く黄金に変じるという能力、いや、呪いを得た王。その力で黄金に変じた屍体を()の当たりにした者は、それを「黄金」と見なすであろうか。それとも「屍体」と見なすであろうか。ある意味でダンジョンマスターらしい問いかけと言えた。



 クロウが着手したのは、銅を素材とした「屍体」の作製である。骨格模型と人体模型――廃校になった小学校のバザーで買い求めて仕舞い込んであったもの――を参考に、精巧な骨格を銅で作り上げていく。内臓や筋肉は――芸の細かい事に――純度を変えた銅で作製し、内臓は肋骨の中に収納し、筋肉で骨格を覆っていく。その上に皮膚を張り付け、恐怖の表情を浮かべるように顔を造形する。頭髪はさすがに面倒だったのでカツラをイメージして別途作製したものを張り付けた。衣服は冒険者のそれとし、「屍体」にしっかりと着せる感じでくっつけた。最後にこの「屍体」を手頃な形に砕き、「エイジング」のスキルによって多少古びた感じを出しておく。



 クロウの技術と錬金術をもってして、製作に着手してから十日が経過していた。

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