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第百五章 災厄の岩窟 4.熱狂

 紛争地帯のど真ん中に黄金がある!?


 その噂はたちどころに――情報伝達の技術が未発達なこの世界では異例の……と言うより前代未聞のスピードで――各国を駆け巡り、金相場に大混乱をもたらした。


 埋蔵量も品位も未知の黄金が存在する、少なくともその可能性がある。それに加えてその所在が、紛争地帯も紛争地帯、暫定国境線の真下らしい。回収できるのかどうかはおろか、どちらに許可を得るべきなのかもはっきりしない。と言うより、()(かつ)に一方から許可を得たら、他方は実力行使に訴えてでも進入を阻止するのは明白。各国の商人と冒険者およびギルドは(こぞ)って頭を抱えたが、人知れず頭を抱えている者がもう一人いた。言わずと知れたクロウである。



『まさか、ここまでの大事(おおごと)になるとは思わなかったぞ……』

『今にして思えば、突然に岩山が出現したのも良くありませんでしたな。あれで自然な黄金ではないと印象づけられたようで』



 単なる金鉱が発見されただけなら、ここまでの大騒ぎにはならなかっただろう。問題は、その黄金がゴーレムの一部という常識外の形で確認された事である。例によってクロウは知らなかったが、この世界では黄金のゴーレムなどと言う馬鹿げた代物は確認されていない。理由は簡単で、誰もそんな馬鹿げた代物を造らないからである。冒険者を引きつけるだけなら、(きん)無垢(むく)のゴーレムなど必要無いのだ。コストパフォーマンスが悪すぎる。


 その事実を念頭に置いてこの一件を眺めると、自ずと浮かび上がってくるものがある。



 「ダンジョンマスターは無尽蔵の黄金を持っているのではないか?」



 あるいは、



 「ダンジョンマスターは黄金を生み出す事に成功したのではないか?」



 いずれも無視できぬ推論であった。誰にとっても。そう、国にとっても。



 想定外過ぎる情報に驚愕した各国政府――特に金鉱を持つイラストリアやマナステラなどの国々――は即座に調査を要求するも、当事国二ヵ国は断固としてこれを拒否。日頃仲の悪いテオドラムとマーカスが、この時ばかりは見事に歩調を揃えて声明を出した。曰く、自国内への侵攻ルートとなりかねないダンジョンに、他国の人員を招き入れる事はできぬと。筋の通った反論だけに、各国はこれを受け容れるしかなかった。


 しかし、それで問題が片付いた(わけ)ではない。金本位制のこの世界の経済を根底から揺るがしかねない大事件なのだ。放って置く(わけ)にはいかない。それは確かだが、ではどうすればいいのかと言われると誰も名案を思いつけない。世界を挙げての焦りと困惑の中、時間ばかりが過ぎていった。


 事態が事態だけに、商業ギルドも両国に圧力をかけようとするが、生憎(あいにく)とテオドラムは統制経済の国であって、商業ギルドの圧力は効果が薄い。マーカスの方は多少遺憾の意を表明したが、それでも国家の安全に関わるとあって、当初の態度を崩そうとはしなかった。手詰まりと感じた商業ギルドは、次に冒険者ギルドに協力を打診したのだが……



「今回ばかりはなぁ……相手が悪すぎる」

「両国兵士の報告から判断する限り、それほど危険なダンジョンではないようですが?」

「……どっからその『報告』ってやつを入手したのかは聞かないでおくぜ。兵士が無事帰還したのが事実だとしてもだ、そりゃ、ダンジョンの表層の話だろう。ダンジョンってやつぁ先へ進むほど厄介になってくるのが常だ。表層の(くみ)(やす)さは餌みてぇなもんだ」

「……大量の黄金を得るためには奥深く進む必要があり、それには相応の危険が伴うと?」

「そちらの狙いは錬金術なんじゃねぇのか? だとしたら、その術を心得てんなぁダンジョンマスターって事になるぜ? 最奥部まで辿(たど)り着かなきゃ、お話にならんだろうが」

「……我々の狙いはともかく、冒険者としては途中まで進むだけでも収穫は得られるのでは?」

「だから、今回ばかりは相手が悪いんだ。ダンジョンの事じゃねぇぜ? 今回は入口にテオドラムとマーカスの兵士が頑張ってる。どう足掻(あが)いたって入るのはおろか、近寄る事もできやしねぇよ。仮に何とか潜り込んだとしても、だ。出口を見張られている以上、出てきた途端にとっ捕まって、獲物は没収、当人は投獄。割に合わないなんてもんじゃねぇだろ?」



 事態が急変するのはもう少し後の事である。

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