第百五章 災厄の岩窟 3.調査隊
「……金のゴーレムだと?」
それを最初に確認したのは冒険者ではなく、好奇心に駆られた兵士であった。何しろ岩山は境界線の真上。こっそり近寄ったつもりの兵士の動きは、両陣営からも丸見えであった。
……そして、黄金のゴーレムだという兵士の叫びもまた、両陣営に丸聞こえとなったのである。
貨幣の改鋳によって手持ちの金塊が減っているテオドラムにとっては、聞き逃せない話であったのだが……
「……ちょっと待て。あの辺りに金鉱なぞあったか?」
「いや、ゴーレムなんだろう?」
「ゴーレムである以上、造った者がおるはずだ。造った者が何者かは知らんが、材料無しでは造れんだろう」
「……まさか……錬金術か?」
「馬鹿な! いまだかつて採算のとれる条件で金を造り出す事に成功した者はおらん筈だ」
「だが……万一にも錬金術だとしたら……」
「ダンジョンどころの話ではないぞ。こっちの方が余程に大事だ」
「待て待て、先走るな。抑、本当に黄金なのかどうかも判っておらんのだ」
国務卿たちが知恵を出し合い、珍しい事にマーカスとの間に軍使が何度も往復し、ある日それらの結果が小さな実を結んだ。
・・・・・・・・
それは奇妙な光景だった。
テオドラムとマーカスそれぞれの陣営から兵士が五人だけ進み出て、互いにその人数や装備を相手に確認させるように整列すると、ゆっくりとダンジョンの入口に進入したのである。スタンピードの危険性があるかどうか確認するという建前の茶番――できたてのダンジョンに、スタンピードを起こすほどのモンスターが溢れている筈が無いというのがこの世界の常識――であった。
合意に至った調査時間はともに一時間。そして、きっかり一時間後には、両軍の兵士は収穫を携えて戻って来た。互いに相手には自分たちの収穫を見せないように努力していたが、ダンジョンマスターであるクロウには筒抜けであった。
『両軍ともに黄金と黄鉄鉱を回収したか』
『期待通りでございますな』
『黄金が採れる事は判っても、収益性の判断が付かんだろう。開戦の危険を冒してまで兵士を突入させるのは躊躇う筈だ』
『クロウ様、両軍が進入した階層は、どちらも自国の領域内なのですか?』
『そうだが……その事の確認はできん筈だ』
そう言うと、クロウは新たなダンジョン――名前はまだ未決定であるが、クロウたちは仮称として「岩窟」と呼んでいる――への進入路について説明した。
『ほほう、旋回半径が一定していない螺旋階段……』
『それに加えて直進ルートや逆回転もあって、方向を把握させないと……』
『炭酸ガスも心持ち多目で、しかも単調な光景が続くため、注意力は散漫に……』
『それらの結果、自分たちが自国領にいるのか隣国の領内に侵入しているのかは、確信が持てないだろうな』
『マスター、両軍が出会う可能性は……』
『あ、それは無いな。少なくとも最初のうちは、別の階層になってるから』
『なるほど……敵に一切の情報を与えずに孤立させる訳ですな』
『ここまでくると、いっそ清々しいのぅ』
『ま、序盤は単に顔見せ程度だ。両軍とも大した被害無しに収穫を持ち帰ったようだしな』
『えげつない部分が未完成だからじゃろうが』
そこは黙っておけよ、爺さま。
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「……間違いなく黄金なのだな? ゴーレムの方は」
「調査隊が持ち帰った部分から判断すると、ですが」
テオドラムの兵士は偶々黄金のゴーレムと遭遇戦になり、取り逃がしはしたものの、斬り落とした身体の一部を持ち帰っていた。……少なくとも、彼らはそう信じていた。偶然に闘いになったのだと。
「小柄で素捷い黄金のゴーレムとはな……」
「そしてそれとは別にこいつか……」
「黄鉄鉱……別名を『愚者の黄金』と呼ばれているやつだな」
「ゴーレムだけが黄金なのでしょうか?」
「とも言えんだろう。金貨が落ちていたそうだからな」
その「金貨」とは、クロウがエメンに命じていかにもな感じで造らせたもので、シャルドの古代遺跡で発見された金貨のデザインを参考にしていた。しかも「エイジング」の錬金術で、古いものらしく見せかけてあった。
「他に宝石のようなものも持ち帰っていたが……」
「まだ成分を調べているところだ……美しい事は確かなのだがな」
「黄金と黄鉄鉱。持ち帰るまでは当たりか外れか判らぬ仕組みか……」
「加えて、正体の判らぬ宝石擬きだ。馬鹿どもが飛び付きそうなダンジョンだな」
「しかし……ダンジョン内部が我が領内なのか、それともマーカス領なのかは判らんのだな?」
「どちらでも構わんだろう?」
「そうも言ってられん。我々としては、ダンジョンが自国領に広がっている可能性がある以上、マーカスの者がダンジョン内に入る事を容認はできん。マーカスもそれは同じだろう」
「となると、両軍がここで睨み合って牽制、という事になるか」
「地上のマーカス軍に構わず、ダンジョン内にだけ部隊を送り込むのは?」
「危険度も判っておらんダンジョンにか? 万一内部でマーカス軍と戦闘にでもなったら、結果がどう転ぶか想像もできんのだぞ?」
「モルヴァニアとも睨み合いが続いている現状では、リスクが大き過ぎるな……」
「我々は、な」
「マーカスは別にモルヴァニアと諍いを抱えている訳ではないという事だ」
「……構わず突っ込んで来ると?」
「可能性は無視できん」
「そうなったら泥沼だ。新貨幣への切り替えも済んでいないというのに」
「こちらから刺激はできんか……」
・・・・・・・・
同じ頃、マーカス軍でも調査隊の報告した内容が検討されていた。
「……魔法が一切使えなかったと?」
「は。『マッピング』は無論、『照明』の魔法すら使えなかったと」
「魔道具はどうなのだ?」
「彼らは持参しておりませなんだが、同じく魔力を使うのであれば……」
「使用できる可能性は低い、か。魔力の動きが妨げられているというのか?」
「報告してきた者はそのように感じたそうです。あと、こちらは確信はないようでしたが、集中力が削がれた感覚と妙な倦怠感があったと」
「毒か?」
「いえ、戻ってからの検診では、毒物反応はありませんでした。呪いの反応もです」
「むぅ……魔術師殺しのダンジョンか……」
「その上で美味そうな餌をちらつかせよる」
「餌、ですか?」
「ダンジョンの事は知らんがな、儂にはこれらが撒き餌に見えるよ。もっと奥へ誘い込むためのな」
そう言って身分の高そうな初老の男性は、調査隊が持ち帰ったもの――黄金のゴーレムの一部、黄鉄鉱、高品質の鉄鉱石、宝石らしきものの欠片――を指し示した。




