挿 話 薬草
今回は挿話です。
夏。日本時間で言えばそろそろ八月に入ろうかという頃。こっちの世界――あるいはこの国――には梅雨に相当する時期がないようで、じめじめした蒸し暑さと無縁なのは幸いだったが、それでも暑い日々が続く。木々の梢が葉を茂らせ、下草が生い茂るこの季節に、俺たちはせっせと畑の世話をしていた。
畑を整備した当初は、野菜でも栽培して食事の足しにしようかと考えていたが、気のいい村人たちが時折届けてくれる野菜だけで充分まかなえるため、野菜の優先順位は低くなった。しかし折角綺麗にした畑を遊ばせておくのもどうかと言う事で、俺たちは薬草の栽培に手を付ける事にした。
実はここエッジ村の周辺には、よくもこれだけと言いたくなるほど多種多様な薬草が――量としては多くないが――生えている。そこで、茎折れやら虫食いやらでボロボロの個体を標本にしたりスケッチするのではなく、これを栽培して申し分なく完全な状態の標本を作ってはどうかと考えたのである。もともとは俺の正体を隠すためのカバーストーリーだった筈だが、いざ作ってみたらその設定を詰めていくのについ夢中になってしまった結果だ。
ともあれ、野外から採取した株を畑に植え替え、木魔法持ちのハイファとウィン、それにウィンの子供たちの協力のもと、薬草栽培に取り組んだ。ある程度株が成長したら、株分け・挿し芽・葉挿しなどの技術を駆使し、日本の肥料や薬剤まで使って殖やしていった。組織培養も一瞬考えたが、さすがにこれは自重した。そうしたら木魔法の影響か、それともスレイを含む土魔法持ちが土壌改良を頑張ってくれたせいか、はたまた異世界の薬品のせいか、薬草は恐ろしい勢いで成長した上に、その薬効自体も強くなっていた。これに味を占めた俺たちは、使えそうな薬草を見つけ次第、片っ端から栽培化と増殖を進めていった。
……後の事は考えてなかったな。
一アール弱ほどの広さの畑がほとんど薬草で埋まる頃には、それぞれの株は大きく成長し、商品としても通用しそうな質と量を誇っていた。日頃お世話になっている村人たちに幾つかの束をお返しすると、大袈裟なほど喜んでくれた。なんでも村の近辺では、薬草の種類は多くとも量が少ないため、必要量を確保するのは大変だったらしい。俺が栽培に成功した事で、薬草の備蓄が確保できただけでなく、採取のための労力を軽減できたそうだ。結構ずくめの筈だった、の、だが……。
「さすがにこれだけの量となると、村全体でも使い切れませんか……」
「んだなぁ。こったら量の薬草なんちゃ、生まれて初めて見たべぇよ」
「干して仕舞っておけば日持ちはすると思いますが……」
「んでも、この量じゃぁ、向こう五年は大丈夫だべよ」
一アールほどの畑に生い茂る薬草を見て、俺たちは途方に暮れていた。
「お前さが売ったらよかっぺよ」
「売れますかね?」
「んだなぁ……薬草なんちゃ、育てた事も売った事も無ぇでなぁ……」
考えていても始まらない、ということで、薬草として使える部分を採集し、生薬として売り物にするため作法に則って陰干ししていく。
『ますたぁ、小屋がぁ、臭いますぅ』
『確かに薬草臭さが半端じゃないな……』
『天井を覆うほどぶら下がっていると、圧迫感が凄いですね……』
『ここにいると、何か、食欲が湧かないかも……』
干し上がったら干し上がったで、薬草の束が小屋を埋め、生活空間を圧迫してゆく。もはや処分が焦眉の急となるのも目前であった。
『今ある分だけでも処分するしかない。薬草が幾らで売れるか判らんから、他にも売れるものを探す必要があるが、準備ができ次第売りに行くぞ』
エルフや獣人が同胞奪還のための準備に奔走している、そんな時期の事だった。
明日から新しい章が始まります。




