第百五章 災厄の岩窟 1.岩山
新展開です。
その朝、テオドラムとマーカスの国境線上に、いつの間にか一連の岩山が出現していた。
中央に位置する山はやや大きめで、その両側に幾つもの小山が間を置いて並ぶ。要するに国境線に沿って、一連の小山があたかも要害のように立ち並んでいるのである。一つ一つの岩山はそこまで高くはないが、平地に突如として現れた岩山は、辺りを威圧するかのように、睥睨するかのように、そこにいる者たちを圧倒していた。
ただでさえ緊張が高まっていた両国は、この異常事態……というか天変地異を目の当たりにして大混乱に陥る。そりゃそうだろう。一夜にして戦場の環境条件が激変したのだ。想定されていた作戦案は全てが無に帰す。障害物の様子を探りたいのは山々――洒落ではない――だが、何しろ場所が場所である。軽々しく斥候を出す訳にもいかなかった。
現場から金切り声で報告を受けた国務卿たちにしても、適切な指示などできない。できる訳がない。王国始まって以来どころか、大陸の歴史始まって以来の大珍事である。現状維持を指示するしかないのだが、その指示が一番拙いのも理解している。何より彼により、隣国の意図や動向が不明な上に、現在の布陣もはっきりしないのだ――岩山に覆い隠されて。
「岩山ができたというのは、マーカスとの国境か?」
「そう。マーカスの奴らが居座っていた、まさにその場所の真ん前だな」
「……マーカスは事前にダンジョンが現れる位置を察知していたというのか?」
「もしくは承知、だな」
だから……こういう誤解も生じてくる。
「あの場所は元々マーカスの領土だった。何かを知っていたとしても不思議ではない」
「そう言えば……イラストリアでは、数千年の長きにわたって封印されていた遺跡が日の目を見たそうじゃないか」
「……あの岩山もその類だと?」
「……ダンジョン……なのか? ……いや、愚問だな。他に考えられんか……」
テオドラム陣営が頭を抱え込んでいる頃、クロウたちはというと……
『マスター、あの岩山って、まだダンジョンじゃないんですよね?』
『あぁ、ちょっと捻った洞窟があるだけだな』
『……ちょっと、どうした、じゃと?』
『いや……だから、少しばかり立体的な迷路になってるだけだぞ?』
『……クロウ様、具体的にはどういうものか、お訊きしても?』
『だから……垂直な竪坑を登ったり降ったり……宙返りしているくらいで……』
『ほほう? ……それのどこがちょっとなんじゃ?』
一同からじっとりとした視線と思念を向けられたクロウは、躍起になって力説する。
『魔力を使うような能動的な罠は無いんだから、「ちょっと」で良いじゃないか?』
『……あの、だとすると能動的でない罠は……?』
『……まぁ、酸欠空気とか毒なんかは……嗜む程度に……』
『凶悪ですぅ……』
『いや、だって空気袋か何か持ち込んだら突破できる程度のトラップだぞ?』
『でも、マスター、突破させない工夫がしてあるんでしょう?』
『……まぁ、気温を四十度程度に上げて、代謝を盛んにする程度は……』
『……クロウ様が仰っていた「酸素」とかいうものを、早々に使い果たさせる訳ですか……』
『いや……その温度だと、毒なんか要らないんじゃ……?』
先日のダンジョン設計会議の結果、幾つかの設計案が眷属たちから提出された。それらの意見とクロウが温めていた案も含めて検討した結果、幾つかの設計案が一次選考を通過していた。
・浅い層に表面が金で覆われたゴーレムが出現するが、すぐに奥に逃げる。
・所々に黄鉄鉱が露出して無知な侵入者を惑わすが、一部は本物の金である。
・透明度の高い水晶のような宝石を産するが、非常に脆く壊れやすい。
・警戒心を抱かせない構造が、侵入者を奥へ奥へと誘う。
・お宝は基本的に鉱物資源なので重く、荷物を抱えて動けなくなる事を狙う。
・食べられる物は出てこない。
・向精神性のガスなども使用して、仲間同士が宝石を巡って殺し合うようにし向ける。
これらの設計案の結果、クロウのダンジョンとしては比較的生還率や財宝取得率の高いダンジョンになっていたが……
『性格の悪さも飛び抜けておるのぅ……』
うるさいよ。
『しかし……これだと結構内部を広げないと駄目か……』
『マスター、どうせなら、ゴーレムにダンジョンを広げさせれば良いんじゃないですか?』
『お、それは便利かもな。……そうだな、このダンジョンは鉱物質のゴーレムを多く配置するようにするか。姿を見せては逃げ出して、侵入者を誘い込むように指示を与えて』
『……つくづく性悪なダンジョンじゃな……』




